ニュース日記 919 資本主義は新しい段階に入るのか

 

30代フリーター GAFAなどの巨大IT企業を規制するため、違反行為への「課徴金」を独禁法の場合の3倍にする新法案を政府が用意している、と朝日新聞が報じていた(4月16日朝刊)。

年金生活者 ネット上に生活や産業のインフラを築き、富の再分配までして人や企業に対する支配力を強めているアップルやグーグルが「もうひとつの国家」になることを許すまいとする国家の意志がうかがえる。

 巨大IT企業が築いた情報検索、通信、決済などのインフラは、それなしには個人の生活も企業の活動もほとんど成り立たないほどになっている。国家が直接または間接に整えた交通、通信、教育、医療、諸制度などのインフラの上に社会が成り立っているのと同じだ。

 巨大IT企業はネット上のインフラを個人や企業に提供する代わりに、その利用にともなってあらわになる個人の行動特性などの情報を蓄積し、広告に活用して利益をあげている。そこには柄谷行人のいう交換様式B=服従と保護(略取と再分配)が成立している。インフラの利用者は巨大IT企業による個人情報の収集システムに「服従」する代わりに、無料でのサービスの提供という「保護」を受ける。

 こうした巨大IT企業の国家並みの振る舞い方に、既存の国家は「嫉妬」する。インフラの構築や富の再分配は国家が独占すべきものであり、一企業がすることではない、と。

30代 GAFAなどがそこまで巨大化したのはなぜだ。

年金 ポスト産業資本主義と呼ばれる現在の資本主義はイノベーションを利潤の主要な源泉としている。新しい技術やビジネスモデルを開発し、商品のコストを下げることで利潤を得ている。マルクスが特別剰余価値と呼んだその利潤は、新しい生産方法と古い生産方法との差異、抽象化した言い方をすれば時間的な差異から生まれる。

 これに対し、最も古い形態の資本主義である商業資本主義は、遠く離れたふたつの地域の間にある商品の価値体系の差異から利潤を得た。次の段階の資本主義である産業資本主義は、労働生産物の価値と、それを生み出す労働力の価値との差異から利潤を得た。いずれも空間的な差異が利潤の源泉となっており、時間的な差異から利潤を得るポスト産業資本主義との基本的な違いになっている。

 ITやAIの発達はイノベーションの頻度を増大させ、新しい生産方法と古い生産方法との時間的な差異を縮めつつある。このまま行けば差異はゼロに近づき、利潤の源泉にはなり得なくなる。輸送技術の発達は遠隔地間の距離を縮め、労働条件の改善は労働力と労働生産物の価格差を縮め、いずれも利潤を生み出す空間的な差異を縮小させた。それと似た事態が現在は時間的な差異の縮小として起きていると考えることができる。

30代 いくらイノベーションに励んでも、もうからなくなる。

年金 その危機を乗り越えるために、巨大IT企業がとった方法が、過去の企業がとったのと同様の「独占」だ。違いは「独占」の範囲がかつてないほど広く、ひとつの国家並みに達したことだ。ここまでの規模のインフラや再分配システムを築いた独占企業はかつてない。

 GAFAなどが国家並みの独占体になり得た大きな要因のひとつは、もっぱら情報を扱う企業であることだ。国家は「幻想的な共同性」(マルクス、エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』古在由重訳)であり、「共同幻想」(吉本隆明)の一形態にほかならない。そうした幻想、言い換えれば観念を有すればこそ、軍隊を組織し、インフラを建設し、富の再分配を担うことができた。情報もまた観念であり、その集積が国家を模倣することを可能にした。

30代 資本主義はこれからどこへ向かうのか。

年金 イノベーションが加速し、新旧の生産方法の時間的な差が縮まり、それによって利潤の源泉が狭まり、それを埋め合わせる「独占」が広がり、膨張した巨大IT企業の手足を縛るのに国家が躍起となる。そうした流れはポスト産業資本主義の終わりを示す兆候かもしれない。

 これまで資本主義がたどった諸段階は、それぞれの段階に適合する政治体制を生み出してきた。生み出したというのが言い過ぎなら、支えてきた。商業資本主義は絶対王政を、産業資本主義は民主制を支えた。ポスト産業資本主義は民主制に加えて専制主義をも支えている。

 もしポスト産業資本主義が終わり、次の段階の資本主義に移るとすれば、それは自らに適合した政治体制を求めるはずだ。それがどんなものになるかは今のところ見当がつかない。それでも強いて予測するなら、現在の民主制の拡張と専制主義からの脱却を新段階の資本主義は要求するだろう。

現在の資本主義は中国を見ればわかるように専制主義と手を携えている。だが、資本主義がさらに高度化し、表現の自由の抑圧が利潤の獲得を妨げるようになれば、両者は取り合った手を離さざるを得なくなるだろう。いま民衆の表現の自由を大幅に拡張したSNSが、GAFAを始めとする巨大IT企業の利潤の源泉になっていることを考えれば、そうなる可能性はあると言わなければならない。