ニュース日記 732 母系原理が生む男女格差
30代フリーター やあ、ジイさん。朝日新聞が国内主要企業のうち「女性役員ゼロ」の14社に、女性役員が誕生しやすくなる条件を尋ねたところ、最も多かったのが「女性社員の昇進意欲の向上」と「女性採用者数の増加」でそれぞれ5社。「経営層の意識改革」は2社、「男性社員の意識改革」は1社だけだった(3月8日朝刊)。「女性社員の昇進意欲の向上」を阻んでいる最大の要因は男性が役員を独占していること自体にあることがうかがえる。
年金生活者 組織の意志が内部の多数派の利害で決まるとすれば、男性が多数派の組織で女性が少数派を脱するのは不可能に近い。それを変えるには組織の外部の力が必要となる。議員や閣僚の一定数を女性に割り当てるクオータ制が、多数決原理や競争原理を超えて導入されるのは必然性がある。
30代 朝日新聞の同じ記事は、世界経済フォーラムの男女格差(ジェンダーギャップ)の最新報告で日本が過去最低の世界121位になったことに触れ、「その大きな要因が、政治や経済のリーダー層における女性の少なさだ」と説明している。
年金 日本で格差の大きい理由のひとつとして、わが国に根強い母系原理の力を想定することができる。吉本隆明は『共同幻想論』で「未開の段階のある時期に、女性が種族の宗教的な規範をつかさどり、その兄弟が現実的な規範によって種族を支配したことがあった」とし、その社会を母系社会と呼んだ。
その残滓は今なお残っている。「女性が種族の宗教的な規範をつかさど」った歴史は、現在では妻が家庭の主導権を握る形で引き継がれ、「その兄弟が現実的な規範によって種族を支配した」過去は、夫が生計の主な担い手となる形で受け継がれている。両者の間には互いの領分をおかさないという暗黙の約束事が存在した。
それを崩したのが女性の就業率の向上だ。男性の側はおのれの領分が侵食されると恐れ、食い止めようと躍起になった。それが女性への差別となってあらわれた。そこには母系原理にしがみつこうとする無意識の願望が隠されている。
吉本は「原始的〈母系〉制社会の本質」を「兄弟と姉妹のあいだの〈対なる幻想〉が種族の〈共同幻想〉に同致するところにあ」ると述べている(『共同幻想論』)。総理大臣の堂々たる公私混同が象徴するように、私たちの国は国家と市民社会、公的な領域と私的な領域の分離が欧米の先進国ほど明瞭ではない。それは母系原理が根強く残っていることを意味する。
30代 なぜそんな古いものが残っているんだ。それが根強いものだとしたら、制度を人為的に導入するくらいでは格差は縮められないのではないか。
年金 母系原理は女性が新しい生命を誕生させ、その生命の生殺与奪の権も握っていることに根差している。女性は生命を創造し、その死命を制することのできる神でもある。そんな物語が農耕と結びついたとき、すなわち子を生み育てる力が穀物を実らせる力と同一視されたとき、母系制が成立する条件がそろった。
母系原理が女性の存在そのものに根差している以上、それがたやすく途絶えると見通すのは難しい。それでも、クオータ制が男女格差の縮小に有効と考えられるのは、それが社会の古層まで変えられなくても、表層は明確に変えることができるからだ。
憲法でクオータ制を定めたルワンダは女性の国会議員の割合が6割を超え、世界1位(2018年9月現在)とされる(外務省ホームページ)。おそらくルワンダの社会には母系原理か、その反転である父系原理が現在も生きているはずだ。それでも国会議員の男女格差を一気に縮めた。
30代 国会で男女格差について問われた麻生太郎が天照大神を引き合いに出して答弁し、ネット上で揶揄されている。彼は「日本の場合は天照大神っていうのが女性の神様でこれが一番偉い神様」「従って日本の場合は、圧倒的に女性家族、女系家族ということになってた」「そういった長い伝統というのがあって、その天照大神も機織り小屋で働いていた」「少なくとも金融庁、今半分が女性ですかね」などと発言した。
年金 日本では女性は差別されるどころか崇められ、仕事を持つのが長い伝統なので、今の男女格差もだんだん縮まってきていると言いたかったのだと思う。麻生が伝統という言葉で言おうとしたのは母系原理を指している。その原理を象徴するのがアマテラスだ。母系原理が男女の役割を固定する機能を持つ以上、それが格差の解消に寄与すると考える麻生のような理解は錯覚というほかない。
農耕以前の狩猟採集の社会では、子を生み育てる力が穀物を実らせる力と同一視された農耕社会のように、女性に固有の力の中に生産力と同一視し得る要素を見つけることができない。それは男性にも言える。そこでは男女の役割は固定化されていなかったと推定することができる。
資本主義の高度化とテクノロジーの発達が加速する富の稀少性の縮減は、いわば何でも手にし放題だった狩猟採集社会に私たちの社会を近づけている。それがジェンダー平等を求める流れを生む要因のひとつとなっている。