ニュース日記 731 安倍政権への逆風と順風

30代フリーター やあ、ジイさん。安倍政権は緊急事態条項のある新型インフルエンザ等対策特別措置法の対象に新型コロナウイルスを加える法改正を進める際、立憲、国民などの野党の協力を取りつけた。これまで社会の分断を背景に野党を攻撃することで政権浮揚をはかってきたのに、一転して敵を抱き込む戦術に出たように見える。

年金生活者 感染拡大は野党のせいにできない。「サクラよりコロナだ」などといくら野党をなじっても、責任を問われるのは安倍政権だ。
 3・11原発事故のときも、もっぱら責任を問われたのは民主党政権だった。事故の原因とされる津波対策の欠陥は自民党政権時代から放置されていたものだったが、国民の批判の矛先は政権に向かい、やがて民主党を下野させた。
 安倍政権は今それに似た困難に直面している。それならいっそ与野党の翼賛体制を築き、そのトップとして国難に立ち向かう姿を国民に見せれば、内閣支持率の低下を止められるかもしれない。彼らがそう考えたとしても不思議ではない。

30代 政権が中国と韓国に対して周回遅れで入国制限をやり出したのは、コアな支持層である右派勢力に気をつかった結果とも言われている。

年金 安倍政権が歴代最長政権となった背景に、中国、韓国、北朝鮮の3国に対する国民の警戒感の増大がある。それが安倍晋三のイデオロギーと共振した。今回の措置もその流れの中にある。
 尖閣諸島周辺に頻繁に公船を接近させる中国、慰安婦や徴用工への賠償要求を強める韓国、拉致被害者を帰さないまま核・ミサイルの開発を続ける北朝鮮。近隣3国の、とりわけ今世紀に入ってからの挙動は日本人の警戒心を刺激し、ナショナリズムの濃度を上げた。
 国民はこれら3国を牽制する意志と能力をナショナリストの安倍晋三に期待した。ただし、国民は戦争も辞さないような排外主義的な政策を求めたわけではない。憲法9条の改正に賛成より反対が多い世論調査結果を見ればそれは明瞭だ。
 それでも安倍に期待したのは、平均より濃いめのナショナリズムの持ち主のほうが3国を牽制する力を発揮できると踏んだからだ。濃いナショナリズムは論理的には戦争を排除しないが、そのほうが結果的にほどよい抑止力になるという計算を無意識のうちにしていたと考えられる。
 それは自衛隊の存在を認めながら、非武装をうたう憲法9条の改正を認めないのと似ている。自衛隊の行動に縛りをかけるなら、きつめにしておいたほうが適度な結果を得られると国民の多くは考えている。現実と必ずしも一致しないイデオロギーの力、理想の力を国民はよく承知しているように見える。

30代 安倍政権は法を曲げて東京高検検事長の定年延長を強行し、味方のはずの産経新聞からも「わざわざ不信を招く事態を政府自ら演じている」(2月24日「主張」)と批判された。

年金 この政権の最大の功績をあげるとしたら、民主党政権から引き継いだ官僚主導から政治主導への転換だろう。それが成功し過ぎて?政権は自らの功績につまずいた。
 安倍晋三らは官僚のアキレス腱をつかんだような気になったのだろう。それによる傲りは「官邸の専横や脱法的な行いが答弁の破綻を招き、責任を押しつけられた官僚は、虚偽の説明や文書の隠匿、果ては改ざんにまで手を染める」(2月26日朝日新聞社説)ところまで行き着いた。
 政治主導は国家から分散した権力を手にした国民からの委任があって初めて成り立つ。内閣支持率の底堅さに目を奪われた安倍政権は、そのメカニズムを軽視した。

30代 そんな政権に新型コロナウイルスは大きな逆風となっている。

年金 支持率が下がったときの安倍政権の切り札は「経済最優先」だった。それが今度ばかりは空振りに終わる可能性が高い。
 新型コロナウイルスが引き起こした世界的な株安はリーマンショック級の危機の到来を予感させる。池田信夫は「経済的パンデミックになるおそれが強い」として「日銀が国民の銀行口座に直接入金すること」を主張している(3月9日アゴラ)。究極のバラマキによる消費刺激策だ。日本はマイナス金利なので、それを実行してもインフレになる可能性は低いと池田は見る。
 だが、ウイルスに対する不安の広がりは国民の消費意欲を削いでいる。池田が一例にあげている国民ひとりあたり10万円を配ったとしても、消費が回復する見込みは薄い。現在の消費はモノの消費だけでなくイベントや観光などコトの消費が大きな割合を占める。政府がそれらの自粛を呼びかけているときに、国民の財布のひもがゆるむとは思えない。
 だから、安倍政権が池田の言うような大胆なバラマキ政策をとることはないだろう。つぎはぎの対策はやらざるを得ないが、経済の悪化を止めるのは難しい。
 ただし、それで内閣支持率が大幅に低下する可能性は低い。いま政権の首をすげ替えることに手間ひまかければ、状況はもっと悪くなると国民は判断しているはずだからだ。新型コロナウイルスは政権にとって逆風になると同時に、延命の順風にもなるという状態がこれから続きそうに思える。