老い老いに 74
2008年の夕焼け通信は690号から始まる。「ニュース日記」「ゴジラの足跡」「ど素人出版日記」、そして私の「専業主婦一年生」。何と、今の常連メンバーによるものではないか。それに、「団塊のひとりごと」「療養日記」、おなじみの詩作者が詩を投稿し、タイ事情が加わり、2007年度の最終号はきっかり700号で締めくくっている。
年が明けてしばらくして娘が職場に復帰し、元の日常が戻ってきた。この頃の私は、講習を終えて実際に点訳を始めている。挿絵ライターの通信講座も受講し、課題提出の際には画用紙を前に悪戦苦闘していた。あわよくば、良い判定をもらって仕事にありつこうと考えていたのだ。畑の方はたまに収穫に行くだけで、その分時間が空く。そんな折、新聞のチラシにあった求人広告が目に留まった。短期のアルバイトでもしてみるかという気になったのだ。
思い切って連絡したのはある派遣会社。夫と一緒に出向いて派遣登録をし、以後何度か仕事を請け負うことになる。初めての仕事は試験監督で、事前に配られたマニュアルをしっかり頭に叩き込んで臨む。マイクを持って進行する役は夫の方が先に当たった。私も同じ役に就いたことがあるが、かなり緊張する。それでも、毎日のんびりしすぎる生活をしているせいか、その緊張感はかえって新鮮で、二人とも妙にハッスルして出かけたものだ。その後も弁当配りなどいろいろな仕事に出、顔なじみも出来ていった。
目指していた挿絵ライターは、仕事をもらえる1級、2級には及ばず、家でできる仕事をするという夢は諦めた。思えば、学校を卒業してからずっと働き続けてきている。仕事漬けの癖が抜けないのか、だらだらした生活に張りが欲しいのか、一度始めたアルバイトをきっかけに、広告を見ては応募をし、時には2週間、時には1か月半とアルバイトに出かけるようになっていく。臨時収入が入るのも嬉しいものだ。口座振り込みが当たり前になっていたから、現金を手で受け取ることがより有難く感じる。夫は、しばらくやってやめたけど、私の方はどんどん仕事に出だし、期間も長くなっていく。フルタイムではないけれども、あるところでは2年2箇月、最後は4年2箇月と、定年の60歳を迎えた次の3月まで働くことになった。
