座付の雑記 36 握手
デイサービスなどの高齢者施設は、こども落語のお得意さんだ。大半は施設側からの依頼だが、こちらからお願いしてやらせてもらう場合もある。たまたま平日に時間ができ、週末の寄席に向けて実践しておきたいときなどがそれだ。模擬試験のようなものだが、中高生が模試だからといって手を抜かないように、こども落語だって区別などしない。だからってわけでもないのだけど、「今日なんですけどいいですか?」など言う押し売りまがいの依頼にも応じてもらえるところがいくつもある。うちの教室の財産と言っていい。
ただし、80歳から100歳代の聴衆のみだから、いつもとは勝手が違うことを想定しておく必要がある。まず、少なからず聞こえていない人がいる。それなのにマイクを常備している施設は少ない。いちいち利用者と会話するのにマイクを握るわけにもいかないだろうから当然ではあるが。聞こえない人たちは、どうしても話し声が大きくなり、こどもたちが落語を一生懸命語っている最中でも、
「あんた聞こえーかね(聞こえてる?)」「あたしゃ全然聞こえんよ」などの会話が音量を絞られることなく、平然と行われたりする。
さらに、ふだんの寄席なら必ずどっと笑いが起きるところでもシンとしているなんてこともある。そういうときは、笑いもせずにじっと話を聞くのはさぞかし苦痛であろう、と心配になったりもするのである。
ところが、先だって、某デイサービスに行ったときのこと。だいたいどこのデイサービスも行くのは午後2時半。昼寝の終了時刻である。起き出してテーブルへと移動が始まるのを合図に準備をし、席が埋まると寄席を始める。中には覚醒に及ばず座ったまま昼寝を続けている人もいる。その日はこどもたちの目の前、最前列で午睡を続ける老人がいた。寄席の間、一度も目覚めなかった。ところがその老人、終わってこどもたちが利用者と一人一人握手をして回ると、やおら目を覚まして握手をし、その後号泣したのである。
この人にとっては落語よりもはるかに一回の握手に意義があったのだ。落語で福祉に貢献、と思ってきたのだが、もっと大事なことを見落としていたのではないか、と考えさせられた。
