老い老いに 71

 一時期の夕焼け通信紙上に、英語に関して何人かの書き手から自身の体験などを寄せられたことがあった。それに影響されたのか、2006年から3年分の日記は英語で綴られている。その時は、自分も少しでも英語に親しもうと思ったのだろう。しかし、日記はだめだ。こうして昔の出来事を振り返ろうとすると、読むのが面倒になりすぐに閉じてしまう。頼りになるのは当時の夕焼け通信だけだ。

 この年の9月10日に発行された夕焼け通信六七五号の編集後記に、「絵本『ある小さな小さな島の物語』を出版することになりました。もう一つの竹島の歴史を描きました。」とある。あれはこの年(2007年)のことだったのかと懐かしく思う。現役時代、講習会に参加した際、講師の方がご自身手作り絵本を展示しておられ、自分もやってみようと思い立った。手始めに長男、そして二男、長女と我が子を描いた3冊を作り、その後内地留学の仲間とのかかわり、担任している子との学校生活の一風景などを描いた何冊かを作った。その後しばらく絵本からは遠ざかっていたのだが、編集長の書いた竹島の物語を読んだ時、これは絵本にしたいという気が起きたのだ。まさか、印刷され冊子になるとは思っていなかった。夕焼け通信679号の編集後記には「週1回、仲間たちが集まって製本作業をしています。おしゃべりしながらの手仕事に、だれもが『楽しいねえ』とその面白さを再発見してます」とある。できた1冊を手にした時、内容の重みだけでなく、そこに携わった人たちの温もりを感じた。その後、ハングル版まで出来てきたのにはびっくり。

 その頃の夕焼け通信の紙面を飾ったのは、お馴染みの「ニュース日記」、「ゴジラの足跡」、「療養日記」、「団塊のひとりごと」、「どきどきドキュメンタリー日記」「ど素人山行日記」。詩も小学生のA・Tさんを含むいつものメンバーから寄せられた。他に、お二人の方の文章が転載されている。そして、この年の押し詰まった頃から、タイ在住のN・ジャスミンさんから「微笑みの国のもう一つの顔」を第1号に、タイ事情が送られてくることになる。そして、私はと言えば、新米専業主婦のドタバタを1年にわたって綴っていく。