座付の雑記 32

 先週号の「人生の誰彼」で活塾亭のこども落語を大いに褒めてもらったので、少々鬱屈してた気分がぐんと持ち上がり、一週間はもちそうだと筆者に伝えた。彼は首をかしげたかもしれないが、ぼくにとってはどんなにうれしい言葉も一週間が上限なので誤解がないといいがと思う。

 落語教室生は現在20名、年齢は3歳から11歳、キャリアは半年から2年半、稽古は毎週からほとんどなしまで、一人一人みんな違う。うちの教室生であることを規定するのは、活塾亭を名乗って寄席に出演することぐらいだ。その出演も本人と保護者の都合とやる気次第だから、世間一般の塾のイメージとはずいぶん違うかもしれない。寄席の後に質問を受けると、そのズレが露わになってとてもおもしろい。

「練習はいつしていますか?」

 お客さんは、子どもたちの努力に感心したいので、「毎日やってます」と言う子がいると、「ほう」と声が聞こえて拍手が起こったりする。ちょっぴりきまり悪そうに「本番前にちょっとやります」と答える子には笑い声が上がるのだが、そんなバラバラ具合がうちの教室である。

「どのくらい持ちネタがありますか?」

 多い子は二桁を数える。持ちネタを増やすことに熱心で次々とリクエストしてくる子も中にはいるのである。一方で、いつまでたっても同じ噺を繰り返している子もいる。同じこどもの中にも覚えたくてしょうがない時とどうにもやる気が起こらないという意欲の干満はあるのだし、結果を求める必要も必然性もないのだから、それぞれの子に任せるほかない。持ちネタの多寡で褒めたり叱ったりなどはしない。どっちだっていいのである。

「先生はこわいですか」

 これもなぜかよく出てくる。ちょっとぼくをからかって場を和ませたいのか、これを言う質問者はたいていニヤニヤしている。しかし、こんなゆるゆるの方向性のない教室にこわさの入り込む余地などどこにもあろうはずがない。どんな質問もまじめに受け止める子どもたちは、いいえ、だの、ぜんっぜん、など真顔で答えている。こちらは苦笑するほかない。ただ、こわくする必要がないのは、少なくとも子どもたちがお客さんの前で真剣だからなのだが。

「落語をやってどんな力がつきましたか」

 こどもたちはしばし黙り、やがてぽつりぽつりと答え始める。一つ一つの答えがりっぱだったりかわいかったりする。さあ、と首をかしげる子がいるとお客さんといっしょに笑いながら、いいなと思う。