老い老いに 64

 2026年が明けた。神戸にいた頃は年末年始が仕事で帰省できなかった長男。御殿場に移ってからは、暮れか正月に帰って来るようになった。長男の帰省に合わせて長女一家、二男一家が集まっていたのだが、今年は仕事の関係で帰って来たのはクリスマスイブ。娘も二男もまだ仕事で、一堂に会することはできない。ただ、孫2人は冬休みに入っていたので〝おっつぁん〟と半日共に過ごした。一緒に土産物を買いに行き、朝ドラ「ばけばけ」で観光客が多くなっている塩見縄手の方を車で回り、月照寺にお参りした。クリスマスに客を取られているのか、時間的に遅かったからか、人は少なかった。あいにくの雨に濡れながら松平家の菩提寺内をぐるりと巡り、大亀の石像の前に立つ。「松江に住んでたのに、ここに来るのは初めてだわ」と言いながら、息子は同僚に見せるのだとスマホで撮りまくっていた。

 元日は娘たち家族5人と二男の家族3人、私たち夫婦合わせて10人でお昼に会食をした。会話の大半は娘が占める。「聞いて、聞いて」と言いながら、一月ほど前の出来事を話し出す。患者家族とあいさつした際、ぶつかって目の上を強打したのだ。その時の周りにいた人たちの反応や自分の対応など、たんこぶの写真も見せながら事細かに語った。「姉貴はよくしゃべるなあ。俺はお袋に似てあんまりしゃべらんけど」という二男も結構よくしゃべる。「兄貴もよくしゃべるようになったようになったし」。我が子たちは皆父親似なのだ。

 駐車場が乏しい関係で、皆が集まる場合は夫の車を娘の家に置かせてもらっている。会食が終わり、車を取りに行くため娘の車に乗り込む。5人の家族が乗る車の中で胸の奥から沸いてくるものがあった。娘が大病をしてから20年近くになる。皮膚科の先生が自分には手に負えないと紹介された先の形成外科の先生が、念のためにと組織検査に出してくれていた。そのお陰で早く発見でき、手術で取り除くことができたのだ。車の座席満席になったこの一家がこうして元気に新たな年を迎えることができるのは有難いことなのだとしみじみ思う。

 夕焼け通信2006年は、あと少しで600号という597号から始まる。ああ、あれから20年が経ったんだ。