ニュース日記 993 高市人気の秘密

30代フリーター 朝日新聞の世論調査(11月15、16日)では、高市早苗内閣の支持率は69%で、10月の発足直後の68%と並ぶ「歴代屈指の高さを維持している」(11月17日同紙朝刊)。過去の政権に全くなかった高市政権の特徴は「初の女性首相」ということにほとんど尽きる。それだけでこれほどの高支持率を稼ぎ出していると言える。

年金生活者 政治というものが必ずしも「事実」にもとづいて動くのではなく、期待や希望や主張といった「観念」によって動く特性をもっていることを物語っている。近代社会はとりわけその傾向が強い。

 近代以前の封建制のもとでは、政治と経済、国家と社会が未分離の状態にあった。それが分離して成立したのが近代社会だ。マルクスはそのさまを次のように描いている。

《政治的国家が真に成熟をとげたところでは、人間は、ただたんに思想や意識においてばかりでなく、現実において、生活において、天上と地上との二重の生活を営む。天上の生活とは政治的共同体における生活であって、そのなかで人間は自分を共同的存在と考えている。地上の生活とは市民社会における生活であって、そのなかでは人間は私人として活動し、他の人間を手段とみなし、自分自身をも手段にまでおとしめ、疎遠な諸力の遊び道具となっている。》(「ユダヤ人問題によせて」城塚登訳)

 「政治的国家が真に成熟をとげたところ」とは、政治が経済から、国家が社会から分離したところという意味だ。そのもとでは、社会は過酷な競争原理が貫徹する「市民社会」と呼ばれるものに変貌する。そうした「地上」の過酷さを「観念」のなかで克服するのが「天上」としての国家にほかならない。そのなかで「人間は想像上の主権の空想上の構成員」(同)となる。

 「初の女性首相」の誕生は、「想像上」「空想上」のジェンダー平等の実現であり、高市はいまだ実現していない現実の国民の平等を国民に代わって実現する代替者として登場した。

30代 今世紀に入って高い支持率を獲得した政権としては、小泉純一郎と鳩山由紀夫の政権がある。

年金 どちらも、それまでの政権がなし得なかったことをなした点で、高市政権と共通している。小泉政権はどの政治家も言うだけで実行しなかった郵政民営化を実行した。鳩山政権は選挙で正面から「政権交代」を訴えて自民党から政権を奪取してできた初めての政権だ。高市は「初の女性首相」に就任するという、それまでだれもできなかったことをやってのけた。3者とも、実行したことの画期的な新しさだけで、政策全般への期待を国民に抱かせた。

 「天上と地上との二重の生活」というマルクスの言い方に従うなら、小泉の郵政民営化のスローガン「官から民へ」も、鳩山のスローガン「政権交代」も「天上」において実行され、その「天上」で生活する人間がそれらの成果を享受した。なぜなら、そこでは人間は「自分を共同的存在と考えている」からだ。「共同的存在」なら、自分のしたことではなくても、自分の成果とみなせる。

 しかし、「地上」においては、人間は互いに互いを手段とみなす私的な存在、「非共同的存在」だ。「官から民へ」のスローガン通り「民」として尊重されるようになったわけではないし、「政権交代」で皆が「手段」から「目的」に一変したわけでもない。「初の女性首相」の誕生で、女性と男性が平等に扱われるようになったわけでもない。

30代 「天上」と「地上」は矛盾をはらんでいる。

年金 「天上と地上との二重の生活」は、幻想としての国家と現実としての市民社会との二重性を指す。市民社会がばらばらな私人から成るのに対し、国家が「共同的存在」から成るのは、現実が個別的であるのに対し、幻想は普遍性を帯びるからだ。吉本隆明は幻想のこの特性を「遠隔対称性」と呼んだことがある。人の心は常に遠くの対象に向かう性質がある。遠くへ向かえば、それだけ視野が広がり、その意味で普遍性を獲得していく。

 この普遍性に向かう幻想の性質が、個別の変化を全体の変化であるかのように見せる働きをする。郵政民営化を、国民を重んじる社会の到来のように、政権政党の交代を、日本の政治の一新のように、「初の女性首相」の誕生を、平等な社会の到来の保証のように思わせる。

 国家はこの幻想の特性を使って、市民社会では実現していない理想の状態を幻想の中で実現する。その構造は宗教と変わりない。その権威が国家による富の再分配を可能にし、市民社会に介入する権力として発現する。

 もし国家が「幻想」としての、あるいは「代替物」としての分を超え、その権力を使って「現実」に市民社会を自らの考える「理想」に従わせようとすれば、それに逆らう個人や集団を必ず抑圧する方へ向かう。

 小泉自民党は郵政民営化に反対する自党の議員に衆院選で刺客を送った。菅直人の率いる民主党は公約破りの消費税増税に反対する小沢一郎を党員資格停止処分にした。スパイ防止法を日本を「理想状態」にするのに必須と考える高市が国民への抑圧を強めない保証はない。