ニュース日記 983 石破茂は惜しいことをした

30代フリーター 江川紹子が、石破茂の退陣をめぐる朝日新聞のインタビューで、「参院選の大敗で、責任論が出るのは当然では」と「石破おろし」について問われ、「それは党内の論理で、国民の関心は別のところにあるのでは」と答えていた(9月9日朝刊)。こういう当たり前の指摘を今までマスメディアで見たことがない。

年金生活者 「石破おろし」の根拠とされたのは、選挙で負けた党のトップは責任をとって辞任すべきだという理屈だ。インタビューした記者はこれと同じ理屈を使っている。しかし、国民が自公を過半数割れに追い込むことによってこの党に突きつけた責任の取り方は、下野することだった。つまり石破ひとりだけをやめさせる気はなかった。

国民は2度の国政選挙を通じて「安倍1強」政治の再来を拒否した。政府債務をかつてない規模に膨らませ、インフレになっても利上げできない大きな負の遺産を残したアベノミクスをいまや「悪夢」と評価するようになったと推察される。

30代 ところが、自民党は野党の多党化に乗じて与党の座に居座った。

年金 国民は次善のあり方として、自民党が以前のような勝手な振る舞いをやめて野党の主張に耳を傾けるようになることを期待し、それができるのは石破くらいしかいないと判断した。「石破おろし」がエスカレートするにつれ、内閣支持率が上がり、「石破続投」への支持が広がったのはそのあらわれだ。

ところが、マスメディアはそうした国民の意思を掘り下げるのを怠った。「選挙で負けた首相の続投を支持する世論が広がった背景には、国民そっちのけで『コップの中の争い』にうつつを抜かす自民への愛想づかしがあったに違いない」(9月8日朝日新聞社説)と、行儀のよさを装った建前論で片づけた。

 政治の取材とは基本的に与党内の権力闘争の取材であり、権力闘争の取材は闘争の当事者のいずれかの従軍記者になることだと考えるマスメディアは、判断の物差しが「党内の論理」にならざるを得ず、国民の意思から離れていく。参院選後まもなく大手2紙がそろって「石破退陣」の誤報をした背景にはそれがある。

30代 石破が下野しない理由として挙げたのが「比較第1党の責任」だった。

年金 それなら、何かひとつでもいいから今までの自民党にできなかったような政策を実現してみせろ。下野を代償にすればできるだろう。それがその後の国民の意思となったはずだ。しかし、石破は最後まで下野する覚悟を持つことができず、そうした政策をなにひとつ実行に移すことができなかった。

 例を挙げるなら、遅れているジェンダー平等を一歩前に進める選択的夫婦別姓制度の導入であり、過度な対米従属からの解放につながる日米地位協定の見直しであり、裏金事件を許した政治資金制度の抜本改革などだ。いずれも自民党が反対するか消極的になっている政策ばかりだが、もし石破が野党と組めば、実現ないし着手にこぎつけることができた。ただし、最悪の場合、自民党の分裂を引き起こしかねない。分裂すれば、少数与党にさえとどまることはできず、下野は必至となる。

30代 石破はそれを避けることを優先した。退陣の記者会見で党内の分断の回避を辞任の理由にあげた。

年金 それなら、せめて立憲民主党などが日本型ベーシックインカムとして主張する「給付付き税額控除」の制度化くらいは進めれば、党の分裂を回避しつつ、新しい所得の再分配システムへの道を切り開くことができたかもしれない。石破自身もそれに乗り気な姿勢を見せたこともあった。だが、「石破おろし」への対応に手間も時間も取られて、取り組めなかった。

 もし、石破に党の分裂、そして下野の覚悟があったら、「石破おろし」など無視し、野党と組んで政策の実現に取り組むことができたはずだ。その覚悟を持てなかったのは、「党内野党」暮らしが長かったせいもあるだろう。冷や飯を食わされてきたのは、自分がとんがり過ぎたせいだ。総裁になり、「党内与党」になったからには、融和に努めなければならない。そう考えたのかもしれない。

 そうだとしたら、彼は国民の多数の意思を見誤った。もともと下野を求められていたのに、政権にとどまることができたのは、刑の執行を猶予されていたからだということを忘れてしまった。その現実を受け入れることができていたら、それを逆手にとることもできたはずだ。壊れかけた自民党を野党と組んで本当に壊すことと引き換えに、自らのレガシーとなるような政策を実現することができたかもしれない。石破は惜しいことをしたと思う。

30代 後継総裁の候補として高市早苗、小泉進次郎らの名が挙がっている。

年金 「安倍政治」の継承者を自任する高市が首相になれば、野党の多くに反発され、政策協議は簡単には進まなくなるだろう。国民にはそのタカ派ぶりと、アベノミクス絶賛ぶりが警戒されるだろう。理念の欠如した小泉進次郎が首相になれば、思いつきの発言や行動で、野党の不信を買い、国民人気もやがて底をつくだろう。自民党が少数与党から脱するハードルは高い。