座付きの雑記 12 隠岐にて
じりじりと首筋を焦がす強烈な日差しが気温をぐんぐん上げて、日本海に囲まれた隠岐の島といえども35度を超える猛暑日が続く。ぼくが隠岐の島で暮らしたのはもう30年も前になる。そこで四度の夏を経たのだが、こんな常軌を逸した暑さは、そのころはもちろんなかった。
この夏、二度隠岐に渡る。その一度目がこの25、26日だった。「こども落語イン島後」と銘打った4回の公演の前半。呼んでくれたのは、実行委員会だが、まあ何か名前をつけないとかっこうがつかないという理由でそうしただけで、30年前から親しくしている人たちのきわめて個人的なつながりに頼った企画である。
打合せや会場の下見もあるので、ぼくは一行とは別に一日早く入島し、迎えに来たSさんの軽トラに乗って、宿泊先でもあるSさん宅に向かった。そこは周囲200キロの円形をなす島後のほぼ中央。フェリーや高速船が発着する西郷港から車で約15分といったところにある。隠岐の最高峰である大満寺山へと連なる里山を背にし、前には田んぼが広がる。Sさんの家には、自宅に隣接するゲストハウスがあって、ぼくは母屋もゲストハウスも何度か泊まっているのだが、それも20年以上も前の話だ。ぼくが隠岐を去った後に、ゲストハウスは「遊らんこ」と名付けられ、名付け親である里みちこさんのたゆたうような書の看板が掲げられている。
四方が大きく開け放たれて、網戸で仕切っただけの、まるで森の中に蚊帳を吊ったかのようなたたずまいだが、それでも猛暑に変わりない。さすがに寝るときはエアコンかと思いつつ、寄席の準備に遊らんこを後にする。
再び帰ってきたときは夕方5時を過ぎ、日は傾いていた。裏山から入り込んでくる風がひんやり感じられる。えっ、もしかして、と扇風機を回して畳の上で寝転がってみると暑くもなんともない。網戸のすぐ先には奥深い森が広がっている。ここにあるのは幼いころ胸躍らせた夏休みの風景そのものだ。
夜は、柔らかく流れこんでくる風を感じているうちにあっという間に入眠。目覚めてみると夜明けまであと少しという時間だった。東の空が白んでくるとヒグラシの声が聞こえてきた。日脚が伸びるにつれて音量が上がっていき、大合唱を経て、ウグイスやホトトギスの鳥や虫たちに交代していった。森に棲む植物や動物の夥しく重なり合ったいのちたちに包まれていると、自分もそれと等しい一つのいのちなのだと思えてきた。忘れ物がひょいと届いたようにして。