ニュース日記 977 民主主義の劣化とは何か
30代フリーター 格差の広がり、社会の分断、偽情報の流通などを指して、民主主義の劣化ということが言われている。
年金生活者 民主主義は国家による富の再分配を討議と多数決によって決めるシステムだ。その再分配機能が低下している。それに対する国民の期待、それを制御する民主主義への期待もおのずと低下する。選挙の投票率は長期低下傾向に陥り、再分配は民意全体を反映しない偏ったものになる。
再分配機能の低下の直接の要因は少子高齢化だ。参院選が与野党によるバラマキ合戦になったのは、バラマキで一時しのぎをするしかないほどこの機能にほころびが広がっているからだ。
高齢世代の年金、介護、医療の需要が増大し、現役世代の社会保険料の負担が重くなった。高齢者のあいだではサービス低下への不安が、現役世代のあいだでは負担の不公平感が広がっている。それを立て直す有効な案をどの党も持ち合わせていないことを国民は知っている。
少子高齢化とならんで、国家の再分配機能への期待を低下させたもうひとつの要因は、GAFAMなど巨大IT企業がネット空間に築いた大規模な再分配システムだ。それらの企業はプラットフォームと呼ばれるそのシステムを通じて、大量の情報、動画、SNSなど、数えきれないほどのサービスを無料で提供する。ただし、「無料」というのはカネのやり取りがないというだけで、ユーザーはプラットフォームを利用するごとに自らの個人情報を提供している。GAFAMはその膨大なデータをもとに、それぞれの好みに合いそうな広告をひとりひとり狙い撃ちするように流すことができる。それを武器に自社の製品やサービスを売り込むとともに、他企業の広告にもそのシステムを提供し、巨額の利益を得ている。GAFAMは国家に匹敵する規模の再分配システムを貨幣以外の交換手段を使って築いた。それが国家の再分配機能のウエートを相対的に低下させ、それを止められない民主主義への不信を広げた。
30代 GAFAMの築いた再分配システムは、利用者が何も口出しできない非民主的なシステムだ。
年金 戦後の日本を振り返ると、民主主義はその扱われ方が変化してきたことがわかる。最初は戦争と飢餓からの脱出の手段として、次に平和と繁栄の維持装置として、そして現在は危機に陥ったシステムとして。
高度経済成長が始まってまもない1960年の安保闘争では、民主主義は平和とセットで主張された。高度経済成長がピークに達した1970年前後の全共闘運動では、民主主義は自由と結びつけられた。そして低成長が続く現在、民主主義は以前ほど頼りになるものとはみなされていない。
1980年代ごろまでの日本の資本主義は第2次産業を牽引車とする産業資本主義の段階にあった。物質的な富の増大が急進し、みなが等しく貧しかった社会に娯楽や教育を享受できる豊かさをもたらした。
産業資本主義が利潤の主要な源泉として必要とするのは、レベルにあまり差がなく、農村から都市への移動が可能な労働力だ。民主主義の平等の思想は等質な労働力の、平和主義は移動の自由な労働力の再生産をあと押しする役割を果たした。
モノづくり中心の産業資本主義から、モノをつくらないポスト産業資本主義に移り始めると、民主主義は「自由」および、それを土台にした「多様性」と結びついた。産業資本主義が利潤の源泉として等質な労働力を求めたのに対し、ポスト産業資本主義はイノベーションを利潤の主要な源泉とする。イノベーションは「自由」で「多様」な発想からしか生まれない。グローバリゼーションはそれを求める資本の運動でもあった。
だが、いま「自由」と「多様性」は大きな反動に遭遇している。移民を規制し、DEIを敵視し、大学を圧迫するトランプ政権はその最大のものだ。
30代 ギリシャの経済学者ヤニス・バルファキスの『テクノ封建制』は、資本主義は封建制にあと戻りしたと指摘する。その封建制は農地ではなくネット空間に築かれ、彼はそれを「テクノ封建制」と呼ぶ。民主主義は劣化どころか、死滅したか瀕死の状態にあるという宣告に等しい。
バルファキスによれば、資本主義では生産手段(工場、機械など)を所有する資本家が労働者を搾取するのに対し、テクノ封建制ではGAFAMなど巨大IT企業がネット空間に築いたプラットフォームという名の「クラウド封土」を所有し、それを利用するユーザーを「クラウド農奴」にして搾取する。
封建領主と化した巨大IT企業は、プラットフォームの利用者から、その属性や行動傾向など個人情報を「地代」として徴収し、広告配信を通して収益化している。プラットフォームへの商品の出品者やアプリの開発者からは手数料という名の「地代」を取る。自由市場による価格競争はなく、資本主義の必須の要件を欠いているというのがバルファキスの見方だ。
年金 「テクノ封建制」が「テクノ資本制」に移行するには、かつて産業資本主義の興隆を促した土地の囲い込みや市民革命などに匹敵する変化が起きることが条件となる。