ニュース日記 716 税と格差

30代フリーター やあ、ジイさん。橘玲という作家が「消費税増税で大騒ぎするのに、なぜそれ以上の『増税』で騒がない?」とブログに書いていた。「それ以上の『増税』」とは社会保険料の引き上げを指し、橘の概算では1997~2019年に11%幅引き上げられた。同じ期間の引き上げ幅が5%の消費税に比べると「大増税」なのに、「国会で問題になることもマスコミが大騒ぎすることもいっさいありませんでした」と橘は指摘している。

年金生活者 国民の多くは今回の消費増税に「大騒ぎ」しているようには見えない。朝日新聞の先月の世論調査では、消費税率を10%に引き上げたことに「納得している」は54%で、「納得していない」の40%を上回っている(10月22日朝刊)。
 国民が消費増税にも社会保険料の引き上げにも「大騒ぎ」しない共通の理由が考えられる。可処分所得が減っても、それほど気にせず消費を享受できる、史上例のない環境の存在だ。資本主義の高度化とテクノロジーの発達で富の稀少性の縮減が飛躍的に進み、カネで測られる交換価値よりも、モノやサービスそのものの有用性で測られる使用価値のほうが、国民生活の中でウエートを増したことによる。
 この人類史的な変化をそれと自覚せずに踏まえた政策がアベノミクスにほかならない。野党が取り組まなければならない課題があるとすれば、この変化を自覚的に踏まえた政策を打ち出し、アベノミクスを超えることだ。

30代 消費税をやめ、大企業や富裕層からもっと税金を取って社会保障の拡充に充てれば、格差を縮めるのに役に立つんじゃないか。米大統領選の民主党予備選の有力候補者で同党左派の上院議員エリザベス・ウォーレンが、国民皆保険の財源として大企業と富裕層に10年で6兆ドル(約650兆円)の増税を検討する、と報じられていた(11月3日日本経済新聞電子版) 。

年金 そのやり方は、分配されるべき富自体を減らす副作用を引き起こすおそれがあり、効果は疑問だ。財源をつくるなら、同じ民主党左派の下院議員アレクサンドリア・オカシオコルテスらがMMT(現代貨幣理論)をよりどころに主張する国債の発行のほうが、副作用を回避できる可能性が高い。MMTは自国通貨を発行する政府はいくら借金をしても債務不履行に陥ることはなく、借金を止める必要があるのはインフレのおそれが出てきたときだけだと主張する。
 この理論をもとにした「反緊縮」の主張が先進国を中心に勢いづいているのは、富の稀少性の縮減分を低中所得層に分配することによって格差を縮められる可能性が出てきたからだ。その手段が国債の発行による積極財政だ。それによって需要=雇用の創出や社会保障の拡充を図ることができる。
 ただ、この政策は完全雇用が達成されると、インフレを引き起こす恐れが出てくる。それでも続けるには、完全雇用が達成される端から、新たな労働力需要が生じることが必要となる。そのためには潜在GDPと呼ばれる供給能力=生産力が絶えず上昇し続けなければならない。加速する富の稀少性の縮減がそれを可能にしつつあるのが現在だ。ところが、大企業や富裕層に大幅な増税をすると、それにブレーキをかけることになる。大企業は供給能力の担い手であり、富裕層はその資本の出し手だからだ。「反緊縮」にも当然ながらブレーキがかかる。

30代 大企業と富裕層から税金を取って社会保障に回すのは富の再分配の王道だろう。現に、日本でも累進課税が採用されている。それを強化するのが悪いのか。

年金 そのやり方での格差是正は部分的なものにとどまらざるを得ない。それは限られたパイの分配を平等にすることを目指す方法であり、富の集中、偏在を前提に成り立つ現在の資本主義システムのもとでそれを完全に実行するのは、システムの破壊なしには不可能だ。
 格差を完全になくすには、富の所有の多寡を無意味化する以外にない。富があり余るほどあり、だれでも好きなだけ消費できるなら、富を持ち続けることに意味がなくなる。持ちたければ持ってもいいが、持たない場合に比べて有利になることはなく、むしろよけいな手間がかかる。
 富の稀少性が縮減しつつあるとはいえ、ゼロにはなっていない現在は、そうした状態にはまだ達していない。だが、これから先ゼロに近づく可能性は高く、それを妨げなければならない理由はない。

30代 富裕層、大企業への課税の拡大が稀少性の縮減を妨げるというなら、いっそ課税をやめたほうがいいということにならないか。

年金 過度な富の集中、偏在もまた資本主義を危うくする。格差が拡大し、貧困化が進めば、商品の買い手が減る。そうなれば資本主義システムは成り立たなくなる。課税は必要だ。
 だから、富の稀少性の縮減はこれから先、一直線にではなく、加速されたり、ブレーキをかけられたりしながら進むだろう。一直線に進むほうが速いように見えるかもしれないが、それは空気がないほうが抵抗がなくて、鳥は速く飛べると錯覚するのに等しい。歴史の前進にはブレーキが不可欠なのだ。