座付き雑記 2 復原長屋
城山の堀川を挟んだ北西に松江歴史館があって、その門をくぐって南に行くと復原長屋がある。その名の通り、江戸期の長屋を復原したものだ。落語でおなじみの九尺二間の裏長屋ではなく、もともと松江藩家老宅であったものなので、簡素ではあるが、かなり大きくてりっぱなものだ。東側が大きく開かれており、西側は障子をはめた格子窓が開いている。そこから遊覧船の行き交う堀川とその先には石垣が見える。
松江歴史館で毎週水曜日の定期寄席を開くに至ったことは、すでに書いたが、最初からこの復原長屋を使うという構想はあった。畳敷きの広間と黒光りする板敷きの間とどこを使うにせよ、落語にはぴったりの和空間なので、ぼくも楽しみにしていた。ただ、いかんせん断熱だの暖房だのとは無縁の空間なので寒い間は使えない。四月になって、暖かくなってきたのでいよいよ使ってみましょうということになった。
作業台にしている大ぶりな机を高座とし、板間に丸椅子を並べてみると、飾りっ気はまったくないが、それなりの寄席空間になった。
寄席は閉じている空間の方がやりやすい。開放的だと演者も聞き手も集中が難しく、散漫になった空気の中で噺を続けるのはかなりの力業だ。何度も痛い失敗をし、そういう依頼は断ることにしているのだが、この復原長屋は少し奥まった位置にあって、開かれてはいるがわずかであってもわざわざ足を運ぶ必要があるから、それが見えない扉となって、子どもたちもそれほどやりにくさを感じていないように見える。
3回、4回と復原長屋の寄席を順調に重ねたある日、4月とは思えない寒さに見舞われ、おまけに間断なく霧雨が降っている。歴史館の客足もまばらで、ましてや復原長屋まで足を運ぶ人はいない。お客さん不在のまま、「まあこんな日もあるよ」と言いながら内輪だけを聞き手に稽古をした。訪れる人がないまま終わり片づけ始めていた。少し離れたところで観光客が歩いているのが聞こえてきた。
「ねえ、お客さん呼んできていいですか?」
「いいけど、どうやって?」
子どもたちはにわかに活気づいて、小雨の中を外に出て行くと、すぐに、
「来てくれるって。30秒だけ小咄聞いてくれるって!」
あわててかばんにしまったお囃子の音源とスピーカーを引っ張り出す。東京から来た職場仲間の若者四人の男女。えらく喜んで時間を延長して聞いていってくれた。いなければ呼んでくる、その行動力に脱帽。
