ニュース日記 963 トランプ関税

30代フリーター 戦後長く続いてきた自由貿易体制をトランプ関税が壊そうとしている。

年金生活者 自由貿易体制は、圧倒的な経済力と軍事力でそれを支える覇権国家が存在して成り立つ。その座から転落したアメリカはすでにその力を失った。それでもなお自由貿易体制を維持しようとすれば、さらに力を消耗し続けるだけだ。トランプはそれを回避するために、一刻も早くこの体制を解体したいと考え、関税をその武器に選んだ。

 トランプは関税率を発表した演説で「この関税は、我々の経済的独立宣言なのだ」と語った(4月4日朝日新聞朝刊)。彼は18世紀の独立革命を超える、世界規模の革命、世界システムの転換を実現しようとしている。トランプが今しているのは、それにともなう大リストラであり、これまでのシステムが備えていた自由貿易体制や安全保障体制、途上国への支援体制の解体ないし改変、縮小にほかならない。覇権国家であるために必要だったそれらの体制は、その座から転落したアメリカにとっては担いきれない重荷になった。

30代 中国はすかさず報復関税で対抗した。

年金 両大国による関税の応酬のエスカレートは世界経済を危機に陥れるので、いずれ「停戦」を迎えるはずだ。しかし、戦いそのものが終わるわけでなく、経済力、情報力、軍事力を駆使した両国の無血の戦争が常態化した時代が続くだろう。

30代 トランプは高関税でアメリカに製造業を復活させると言っている。

年金 関税の第一の目的は国内産業の保護にあるのに、米国内にはもうなくなった製造業を国外からの投資によって復活させようという、関税の「目的外使用」をやろうとしている。

 トランプの支持基盤の核をなしているのは、製造業の衰退で「忘れられた人びと」となった白人労働者たちだ。彼らを救うためとしてトランプが掲げた公約が製造業の復活だ。しかし、先進国における製造業の衰退は、産業資本主義からポスト産業資本主義への移行にともなう不可避の変化であり、人為的にそれを阻むことはできないし、まして元に戻すことなど不可能だ。

 ところが、トランプはそれが大幅な関税の引き上げでできると主張している。輸入品に高い関税をかければ、それを生産する外国企業が米国市場を手離すまいと、工場を米国に移して現地生産を始めるはずだという皮算用をしている。だが、関税は輸入コストを上昇させる。それで原材料や中間財の価格が上がれば、製造業は利益を圧迫されるので、投資意欲は逆に低下する。

 先進国で製造業の復活を狙うのは、現在のポスト産業資本主義を前時代の産業資本主義に後退させる、ドン・キホーテ的な政策だ。

30代 時代錯誤が生み出す派手さがトランプ支持者には受けるのだろう。

年金 覇権国家は古代以来の帝国の現在版とみなすことができる。帝国の特徴は域内に多様な地域、勢力、文化を抱え、域外に服属国ないしそれに近い諸国を従えているところにある。独立性の強い州の集合体であり、覇権国家として海外に同盟国という名の服属国を従えるアメリカはその意味で世界帝国だった。

 その経済的な基盤は、モノをつくる第2次産業を牽引車とする産業資本主義だ。それがモノをつくらない第3次産業を牽引車とするポスト産業資本主義に移行したことで、覇権の基盤が揺らぎ始めた。モノづくりの主導権を中国などの新興国に奪われたばかりか、モノをつくらない第3次産業でもITやAIなど先端分野で中国に急追されている。

 トランプはそうした自国の危機を他国に富を奪われたせいだと考えた。それは覇権国家の地位を維持するためのコストだったのだが、彼はそれを不公平と考え、しかも貿易赤字の膨張と同一視した。経済の常識からかけ離れた法外な関税はそれを政策化したものだ。

30代 前政権との差が大き過ぎて別の国に見える。

年金 帝国からの脱皮を急ぐトランプに対し、帝国の体裁を残そうとしたのがバイデンだ。大統領選で「多様性」の象徴的な存在であるハリスに候補者の座を譲る一方、同盟国重視の姿勢を取り続けた。衰退しつつあるとはいえ、帝国のメリットを感じ、それを求める有権者がいるからだ。

 帝国のメリットは、広域的な平和の維持、経済規模の大きさ、多様な文化の共存などだ。地域帝国としてのEUは戦乱が絶えなかった欧州に恒久的な平和のシステムを構築したし、世界帝国のアメリカはソ連との戦争の冷温化を実現した。この欧米の両帝国はまた巨大な経済圏を形成し、多文化の共存を保障した。

 しかし、帝国は国民国家の持つメリットである国民の平等や主権在民を妨げるリスクをはらんでいる。資本主義をエンジンに帝国として復活を遂げた中国を見れば明らかだ。だから、帝国と国民国家のそれぞれのメリットを組み合わせた国家形態、世界システムがこれまでいくつか構想され、具体化も試みられてきた。帝国であると同時に国民国家の集合体でもあるEUはその中で最も成功した例と言うことができる。英国が離脱したり、域内に摩擦を抱えたりしながらも機能し続けており、未来性も失っていない。