ニュース日記 960 帝国のリストラ
30代フリーター ゼレンスキーに出される予定だった昼食はトランプが食べた。アメリカとウクライナの首脳会談の決裂を報じる朝日新聞はふたりの口論のあとの模様をそう伝えている(3月2日朝刊)。
年金生活者 「帝国」の座を降り、「自国第一」に徹することにしたトランプ政権にとって、ウクライナはかつてのアメリカ「帝国」の服属国ではもうない。ディールの相手でしかなく、助ける義理はない。
いま世界にはアメリカ、中国、ロシア、EUという、4大「帝国」がある。さらにEU内にはドイツという地域「帝国」があり、アメリカ「帝国」の中にEU「帝国」が、EU「帝国」の中にドイツ「帝国」があるという入れ子状になっている。ウクライナはEU「帝国」の服属国であると同時に、アメリカ「帝国」の服属国でもあった。
10年ほど前まではウクライナはロシア「帝国」の服属国だった。親ロシア政権がマイダン革命で倒れ、服属先をロシア「帝国」からEU、米両「帝国」に変えた。ロシアにとっては服属国を失うことは国内の統治が危うくなることを意味し、それを恐れたプーチンはウクライナを引き戻そうと侵略戦争をしかけた。
いまEUやその加盟国がトランプとは逆にウクライナ支援の継続を強調しているのは、域内の結束をはかるのにも必要だからだ。自分たちの「帝国」の服属国になったウクライナが、アメリカ「帝国」の没落によって、再びロシア「帝国」の服属国になれば、域内の統治が危うくなる。その点はロシアと事情が同じだ。
30代 「自国第一」を掲げるトランプの再登板の背景について、鈴木一人という国際政治学者が「米国にとって世界の『覇権国』であり続けることのコストパフォーマンスが悪くなり、結果的にその役目を終える段階に来ている」と語っていた(2月19日毎日新聞)。「覇権国や帝国は、自国の影響力を他国に及ぼそうとするため、『持ち出し』が多くなる」とし、「こうした『持ち出し』が多くなるが故に、全ての帝国は崩壊すると言われるが、米国にもそのサイクルが訪れたということだ」と説明する(同)。
年金 「持ち出し」という言葉を使うなら、いまトランプが矢継ぎ早にやっているのは、その大幅な削減だ。パリ協定離脱、WHO脱退、さらには海外の開発援助や人道支援をするアメリカ国際開発庁(USAID)の閉鎖などの方針を打ち出した。それらの組織はいずれも「帝国」として世界を支配するための足場の役割を担っていた。
帝国の特徴のひとつは、域内にさまざまな勢力を抱え、分権的な統治をしていることにある。中国の冊封体制にみられるように、帝国が域外に服属国を持つのは、分権的な構造によって制約を受ける中央の権力の弱点を補強するためだ。
独立性の強い州の集合体であるアメリカもまた分権的な統治の構造を備えており、そのゆえに避けられない連邦政府の弱点を補うために、服属国をつっかえ棒にした。その服属国と自国との関係に近代的な装いを凝らしたのがパリ協定やWHO、USAIDにほかならない。
アメリカを20世紀の覇権国家、すなわち「帝国」に押し上げたのは第2次産業を牽引車とする産業資本主義だ。それがポスト産業資本主義に取って代わられるとともに、アメリカはその座から降りること余儀なくされた。「持ち出し」を続ける余裕がなくなり、トランプが大リストラをやりだした。
30代 これまでアメリカが「持ち出し」をしてまで覇権国家であり続けたのはなぜだ。
年金 さっきも言ったように、そうしないと国内の統治が不安定になるからだ。実際、アメリカは世界の覇権を失っていくにつれて、国内の分断を深めていった。各州の代表で構成される2大政党の民主党と共和党はかつて互いを自由と民主主義の担い手と信じていた。それが今は相手を自由と民主主義の破壊者のように非難し合うようになった。
30代 エマニュエル・トッドが「米国はロシアに対して、非常に屈辱的な敗北を経験しつつあります」と語っている(2月26日朝日新聞朝刊)。
年金 東西冷戦で「屈辱的な敗北」を喫したソ連の敵討ちをロシアが果たしつつあるということなのかもしれない。
ソ連「帝国」が解体し、その継承国のロシアは数ある主権国家のひとつになった。プーチンは、弱体化したロシアを豊富なエネルギー資源を武器に立て直し、「帝国」として復活させた。その服属国だったウクライナをEU、米両「帝国」に奪われ、それを取り戻そうとして侵略戦争を始めたロシアをアメリカは撃退することができなかった。
30代 トッドは日本への助言を求められて「当面は、静かに、目立たないようにすべきです」と語っている。「できるだけ対立には関与しないようにして、自国の産業システムを守ることです」と(2月26日朝日新聞朝刊)
年金 何もしなくても、トランプの再登板でこれから大きな外圧が押し寄せるから、過去そうだったようにそれを利用して自らを変えればいいと言っているよう聞こえる。それは「帝国」からの外圧を避けられないできた国が身につけた知恵でもある。