ニュース日記 719 モラル崩壊した安倍政権が崩壊しない理由

30代フリーター やあ、ジイさん。森友・加計学園や桜を見る会をめぐって、行政の私物化を疑われ、関連の公文書を隠蔽・改竄し、国会審議から逃げる安倍政権の振る舞いは、子供に教える「してはいけないこと」の見本を並べてみせているみたいだ。

年金生活者  「利己的になるな」「隠し事をするな」「嘘をつくな」「逃げるな」といった、ふだん私たちが信じている伝統的な倫理の規範をここまで公然と破った政権は過去にない。この特異さは安倍政権に固有の理由にだけ帰することはできない。背景に私たちの社会が当面する倫理の基盤の変化を想定する必要を感じる。

30代 政権だけの責任じゃないと言いたいのか。

年金 吉本隆明は前世紀の終わりごろに、家計の消費支出のうち選択的消費が必需的消費を上回るようになったことを消費の過剰化と呼び、それにもとづく新たな倫理が求められていると指摘した。従来の倫理は消費の過少、すなわち欠乏をもとにした倫理であり、それは消費過剰の時代には成り立たなくなるというのがその理由だった。
 欠乏する富は分け合わないと、みなが飢えをしのぐことはできない。自分さえよければいいというのはご法度だ。富を独り占めしようと、隠したり、嘘をついたりするなどもってのほかだ。そんな共同体の掟が嫌だからといって逃げれば、飢えるしかない。
 過剰な消費が可能になった現在は、富に関する限り、ある程度まで自己中心的に振る舞っても、他人に害を及ぼすことはない。富を少しくらい隠したり、ごまかしたりしても、欠乏の時代ほど他人を困らせなくなった。共同体が全世界に等しかった時代と違って、逃げ場もできた。いじめられたら学校から逃げてもいい、というメッセージが子供たちに発せられ、そういう子供を受け入れる場もつくられるようになったのはその一例だ。

30代 で、新しい倫理は生まれているのか。

年金 吉本が今世紀に入って「人間の『存在の倫理』」という考え方を表明したのは、倫理の基盤の変化に対処するためだったと理解することができる。人間はこの世に存在してしまったことそれ自体によって、必ず自己と他者に影響を与えてしまう。だから、倫理的であることを免れない。そういう考え方だ。
 それが私たちの社会に広がるにはまだ遠い状態にある。そうした倫理の空白に乗じて傍若無人な振る舞いをエスカレートさせてきたのが安倍政権だ。かつては政権を倒すほどの力をもっていた倫理は衰退し、それに代わる倫理はまだ確立されていない。ただ、そこに向かう兆候は観察される。もしかしたらそれがこの政権のモラルの全面崩壊を阻んでいるのかもしれない。

30代 ずいぶん運のいい政権だな。

年金 この政権の支持率が底堅いのは、新しく流布しだした倫理規範を採り入れることによって、モラルの崩れ落ちた部分を補っていることも一因と言える。国会の所信表明演説で「『みんなちがって、みんないい』。新しい時代の日本に求められるのは、多様性であります」と語ったのはその一例だ。
 多様性を認めることは、ひとりひとりの個人をその属性のゆえにではなく、存在それ自体のゆえに尊重することだ。近代においては、平等を理念とする政治の領域においてだけそれはなされてきた。法の下の平等はそれを言い表す言葉だ。だが、社会の領域ではそれはないがしろにされ、差別があたりまえのように横行した。
 多様性という考え方は、平等を政治の領域だけでなく、社会の領域にも広げることを目指す倫理規範ととらえることができる。安倍政権はハンセン病の患者・元患者の家族への新たな補償を約束することでその規範を守る政権であることをアピールした。
 多様性の尊重は、吉本隆明のいう「人間の『存在の倫理』」のひとつの形ととらえることができる。個人を属性ゆえにではなく、存在ゆえに尊重することを要請する倫理だからだ。

30代 それが社会に根づく可能性はどれくらいあるだろうか。

年金 多様性の尊重の中心には少数者の尊重がある。富が稀少だった時代はそれが困難だった。社会は多数者の利益を守るのに精いっぱいで、障害者、LGBT、少数民族、といった少数者にまで手が回らなかった。
 稀少性の縮減は少数者に目を向けるゆとりを社会に与えた。高度経済成長期に社会保障制度の整備が前進したことがそれを実証している。成長不要論は多数者にしか目を向けないから成り立つ主張に過ぎない。
 多様性が強調されるようになったもうひとつの理由は、多数者もまた少数者に似た苦痛や孤立を感じるようになったことだ。社会の大多数の人たちが貧乏だった時代は、貧困という共通の大きな問題が、個人のそれぞれ異なる問題を本人にも社会にも後回しにさせ、その結果それらはたいした問題ではないかのように扱われてきた。
 貧困から脱出したとき、それらの問題が一斉に水面上に浮かびあがるように社会の表に出てきた。孤立した子育ての悩みはその典型といえる。貧困の消滅、縮小がもたらした地域共同体の衰退、核家族の普及、ひとり親や単身の世帯の増加がそれに拍車をかけた。