ニュース日記 950 韓国で起きたこと

30代フリーター 韓国の非常戒厳は、保守系の与党と左派系の野党との間に横たわる分断の越えがたい深さをあらわにした。大統領の尹錫悦は国民に向けた談話で、野党は国会で多数の政府官僚の弾劾訴追を発議して行政をまひさせており、これは内乱を画策する反国家行為にほかならず、北朝鮮の共産勢力の脅威から韓国を守り、「自由憲政秩序」を守るために非常戒厳を宣布すると説明し、野党議員を排除しようとした。

そのもくろみは一夜にして覆された。排除の対象とされた野党議員らはすぐさま国会に集結し、非常戒厳の解除要求決議案を可決させるとともに、大統領の弾劾訴追案を提出して、逆に尹政権の排除に取りかかった。

年金生活者 尹は分断を人為的に解消しようとした。それには一方を排除するほかなく、必ず排除のし返しという反作用をともなう。野党を事実上ないものとして扱った「安倍一強」「自民一強」政治が裏金の発覚をきっかけに、たちまち排除されたのと同じ力学が働いた。

 尹政権が分断を埋めて国内の統合をはかるためにとったもうひとつの方法は北朝鮮への敵対姿勢を強めることだ。非常戒厳の理由として北朝鮮の共産主義勢力の脅威をあげたことにそれがあらわれている。対米関係の強化も、対日関係の修復もそこから出てきた。

30代 非常戒厳が出されたことについて「民主主義が根づいていないのか」と発言したアナウンサーがいるのをSNSで知った。

年金 民主主義が圧政の出現の可能性を前提とし、それを阻むシステムとして生まれたことを無視している。

 西欧で民主制の母胎となったのは絶対王政だ。それは封建制のもとで分散していた政治権力を国家に集中する中央集権制として成立した。それが民主制の前提となる国民の等質性を形成する基盤となった。

 すべての権力が国家にあるとすれば、そのもとにある人間は平等なはずではないか。それなのに、王が圧政を行い、貴族や聖職者が特権を享受し、平民を抑えつけている。その矛盾を武力によって解消しようとしたのが市民革命だった。

 絶対王政は政治の安定を前提にしている。神から授かった王権は不動のものであり、身分は子々孫々まで続く永遠のものと考えられた。その安定を乱すものはただちに排除されなければならない。

 これに対し、民主制は政治の不安定を前提としている。圧政や身分制が復活し、自らが覆される可能性を織り込んで、それを阻む仕組みを用意している。そのひとつが選挙による政権交代だ。それはかつて密室でやっていた権力闘争を大っぴらにやる仕組みにほかならない。政治の安定を人為的にかき乱す装置と言ってもいい。安定の長期化は独裁や腐敗を招きやすいことがわかっているからだ。

 選挙はしょっちゅうあるのに、政権はめったに代わらない日本にくらべると、政権交代を繰り返してきた韓国はそれだけ民主主義が根づいていると言える。

30代 その違いはどこから来るんだ。

年金 王を持たない共和制の国家として誕生した韓国と、天皇を戴く日本との間の歴史的な違いがもとにある。

 「万世一系」のもとでは政権交代の発想が生まれない。交代は世襲による代替わりに限られ、ひとつの王朝が別の王朝に交代することはあり得ない。その考え方は民主制の今も残り、自民党の下野がありふれた出来事ではなく、例外的なことのように受け取られる。

 政治への不満は与党をほかの党に取り替えるのではなく、与党におきゅうを据えることによって表出される。選挙は失政の罪を洗い流すみそぎであり、自民党の延命をはかる儀式となっている。

 このことは重大な政治的な決定を国民が自分自身の手によって行うことを回避したがっていることを意味する。戦争をやめたいのに、自分たちではそれを決められず、天皇の聖断に頼った。

戦後、象徴天皇制になっても、自己決定を回避するメンタリティーは残っている。山本太郎が園遊会で当時の天皇に直訴の手紙を渡したのはそのあらわれにほかならない。自民党が間違ったことをしても、最後は天皇が正してくれるのではないかという無意識の期待が国民の中にあると言ってもいい。

 これに対し、韓国の国民は決定をゆだねることのできる存在を持たない。言い換えれば逃げ場がない。最後は自分で決めるしかない。非常戒厳を止めようとして国会前に集まった国民や国会議員には、自分たちが止めなければ、だれも止めてくれないという、あとのない切迫した気持ちがあったはずだ。政権交代のシステムとしての民主制が根づきやすい、もっと言えば根づかざるを得ない基盤がそこにある。

30代 「根づいていないのか」と発言したアナウンサーは何を勘違いしたんだ。

年金 政治の安定を民主主義だと思ったんだろう。民主主義が「不安定」を前提としているのは「不安定」を前提とした社会の上に成り立つ制度だからだ。そんな社会は近代以前にはなかった。「生産用具を、したがって生産関係を、したがって全社会関係を、絶えず革命」する資本主義(マルクス、エンゲルス『共産党宣言』大内兵衛・向坂逸郎訳)がそれを誕生させた。