ニュース日記 944 決めなくていい

30代フリーター 衆院選で自公が過半数割れし、少数与党になった。かつて衆参ねじれ国会になったときにしきりに言われた「決められない政治」が久しぶりに戻ってくる。

年金生活者 「1強多弱」の「決めすぎる政治」に対して有権者が募らせてきた不満が選挙結果にあらわれた。

安倍晋三、菅義偉、岸田文雄と続いた「1強政権」の12年間は、安保法制の制定、無観客五輪の開催、防衛費の大幅増額、敵基地攻撃能力の保有など、数の力による「決める政治」の連続だった。その危うさに対し、「もう決めてなくていい」という批判が裏金事件を引き金として噴出したのが、今回の衆院選の結果と考えることができる。

 それを真っ先に突きつけられたのが「1強政治」「決める政治」の総仕上げとなるはずだった憲法改正だ。改憲に前向きな自民、公明、維新、国民民主などの議席が改憲発議に必要な衆院の3分の2を下回った。

 ただし、国民は何から何まで「決めなくていい」と思っているわけではない。「決めていい」と考えているのに、与党が「決めない」ようにしてきた政策のひとつに選択的夫婦別姓制度の導入がある。自民党がそれに賛成せざるを得ない局面が出てくる可能性がある。

30代 なぜ国民は自公を過半数割れに追い込むほど裏金事件に怒ったのか。ロッキード事件が発覚したあとの衆院選でさえ、自民党は少数与党への転落を免れている。

年金 牧原出という政治学者が朝日新聞で次のように語っている。

 「日本全体が右肩上がりだった戦後の高度経済成長の時代には、政治だけでなく社会のいろいろなところでも、こうした裏金のような慣行が黙認されていたのではないでしょうか。しかし、いまはコンプライアンスが厳しい時代です。自民党は『領収書の切れないお金は許されない』という時代感覚から、大きくずれていたということだと思います」(10月29日朝刊)

そこにデフレからインフレへの急転にともなう物価高が加わり、国民をカネに敏感にさせた。長谷川慶太郎が指摘したように、東西冷戦の終結後の世界経済はそれまでのインフレ基調からデフレ基調に転換した。長谷川はデフレを「買い手に極楽、売り手に地獄」と言い表した。企業は価格競争に勝ち抜くために絶え間ないイノベーションを強いられる。それがさらに価格を押し下げると同時に、消費者にとっての利便性を高める。賃金が上がらない代わりに、質のいいモノやサービスを安く手に入れられる。

 そんな「極楽」を捨てようとしたのが、デフレを悪としたアベノミクスだ。「機動的な財政政策」と称して、借金で企業へのバラマキを進めた。その恩恵を受けた企業が政治資金パーティーの券を買い、その代金が裏金化したケースもあったはずだ。

30代 石破は早期解散を否定しながら、首相就任後8日という戦後最速の解散をした。裏金議員の扱いをめぐって最初は非公認を示唆しておきながら、一転して原則公認に傾き、批判されて一部を非公認にした。非公認候補の支部に税金が原資の政党助成金から2000万円を振り込んだ。有権者の反発を買うことがだれの目にも明らかな方針を次々と打ち出したうえ、それがまたブレて国民の信用を失った。打つ手打つ手が裏目に出た選挙戦だった。

年金 そうなることをベテラン政治家の石破が予測していなかったはずがない。幹事長を始めとした党執行部からの要求を次々とのまざるを得なかった結果だろう。そうしないと選挙の態勢も運動もまともに構築できないほど窮地に陥っていたと考えられる。「筋を通す政治家」との期待を受けていた石破としては屈辱的な選択だったに違いない。それでも受け入れたのは、安倍時代を終わらせるためという使命感があったからと推察される。

つまり普段なら悪手とされることを承知でやったということだ。自民党への逆風を煽るようなことをして裏金議員を落選させ、宿敵の安倍派を激減させたし、少数与党になることで、野党の主張を採り入れざるを得なくして、それを理由に党内の異論、とりわけ安倍派の残党の抵抗を抑えることのできる状況をつくり出した。

 自民党がダメージを受ける道を選択すれば、それによって党内で最もダメージを受けるのは安倍派だ。自民党という肉を切らせて、安倍派という骨を断つ。それが、さまざまなめぐり合わせの結果、石破が採った戦略と考えられる。

30代 石破政権は短命という予測が大半だ。

年金 石破が退陣しても、少数与党対強い野党という構図は続くだろう。それが衆院選で示された国民の意思だからだ。

 この状況は与野党双方に都合のいい面がある。政策の決定は常に与野党の合意を経なければならない。仮にその政策が実行段階で失敗したとしても、責任は与野党で分け持つことになり、これまでのように与党だけが批判されることはなくなる。野党にしてみれば、政権交代して旧民主党政権のように批判の矢を浴びるよりよほど楽だ。そして実際には失敗はめったにないだろう。少数で決めるより、多数で議論して決めるほうがたいていいい結果になるという研究結果もある。