がらがら橋日記 9千円
山仲間で用瀬アルプスに登った。もちがせ、と読む。流し雛で有名な鳥取市用瀬町にある。洗足山、おおなる山、三角山と連なっているその稜線を歩く。いちばん高い洗足山が標高743メートルに過ぎないので舐めてかかっていたら、アップダウンが思いのほかきつく、7時間の行程はなまり気味のからだにけっこうこたえた。その険しさからアルプスの名前が付いているというのを後で知った。警戒すべきだった。
行き帰りの車中のおしゃべりも旅の楽しみの一つで、特に目新しくもなく、どうかすると何度も聞いた話をおさらいさせられることも少なくないのだが、それもまた悪くない。
仲間の一人が、仕事で岩手に行ったときの話を始めた。ぼくは行ったことがないし、47都道府県の中で最も縁の薄いところでもあるので、どうやって行くのだろうと思って聞いていたら、東京で一泊して飛行機を乗り継いだと言う。さすがに遠いところだと驚こうと思っていたら、東京のカプセルホテルに泊まったら一泊9千円だったというところにもっと驚いてしまった。最安を探した結果ということだったが、簡易なシャワーがあるだけであとは寝るしかないところにその値段を払うのが東京というところであり、今のご時世なのだろう。
用瀬アルプスを無事下山し、智頭に向かった。初めての民泊である。智頭町では、宿泊施設の不足を民泊で補おうと町が公募して受け入れ先を募った。事務手続きとか集金業務などめんどくさそうなことはすべて役場が請け負い、宿泊者との交流に注力できるよう支援している。ぼくが泊まった家は、始めて十年ということだったが、宿泊者がメッセージを記した杉の端材が立木を模したオブジェにびっしりと連なっていた。
食後の後片付けを手伝ったりする他は、旅館とほとんど変わらず、食事、風呂、寝具いずれも何の不足もなかった。夕食はご亭主と食卓をともにするのが決まりのようで、これは当地の文化や生活史を当事者に学ぶ特典と言えた。たまたま、その家は味噌や豆腐をつくる工房を備えていて、地場産業の一端を担い、雇用創出にも貢献しているところだったので、豆腐づくり体験もさせてもらった。大豆の香りが口中にぱっと広がるうまい豆腐とおからをどっさり持ち帰った。講習代は、材料費の200円のみ。宿泊費が8800円なので、合わせてちょうど9千円。
帰りの車中は、この二つの9千円について考えないわけにはいかなかった。くらくらするようなこの差は、いったい何を表している?