ニュース日記 931 石丸伸二の165万票
30代フリーター 東京都知事選で無名に近かった石丸伸二が165万を超える得票で2位になったのは「推し活」の結果だという見方を伊藤昌亮という社会学者がしている。
年金生活者 納得できる見方だ。
推し活はひいきのアイドルやキャラクターを応援するために、ライブに行ったり、グッズを買ったりする活動なので、カネも時間もかかる。ある程度ふところに余裕がないとできないし、流行への追従とか、つき合いとかでできることではない。自らの自由な選択によってしか成り立たない活動だ。
石丸への支持の広がりを駆動したのも、この「自由」さだ。石丸は「一切の国政政党、既存勢力に属しない」と宣言して選挙に臨んだ。既成の政党が示す選択肢の外で、石丸を自らの「推し」にした若い有権者が彼の支持層の大きな部分を占めた。
30代 推し活が選挙を左右するほどになるとは。
年金 昔にくらべると社会が豊かになり、そのゆとりが個人を自由にし、推し活という自分自身の選択による活動を可能にした。
かつてなら貧困から脱出するために懸命に働くことが生きがいになり得た。その条件が失われた現在は、何かに強いられてそれを生きがいとするのではなく、自らがそれを自由に選ぶほかなくなった。推し活はそのひとつと考えることができる。
今ほど豊かでなかった社会で育った上の世代が、昔の意識に囚われて「自由の持ち腐れ」に陥りがちなのに対し、今の社会しか知らない若い層はそれがもたらした自由を自然に行使している。それが「石丸押し」につながった。
共同通信社の出口調査結果では、無党派層の投票先は石丸が37%でトップ、年代別では18~29歳の41%が石丸氏に投票した。都知事選の投票率は60・62%と、前回の55・00%を5・62ポイント上回った。推し活世代は石丸を文字通り「推し上げた」だけでなく、投票率も押し上げたと言うことができる。
石丸がユーチューブの特性を駆使してアクセスに成功した有権者、すなわち既成の選択肢の外にいて、今まで投票に行かなかった有権者の層を池田信夫は「石丸伸二氏の発見したブルーオーシャン」と呼んでいる。
30代 いまピンチの自民党はさっそく次の衆院選でそれをまねようとするかもしれない。
年金 安倍政権は若い世代の「推し活」に支えられた一面があり、自民党には「成功体験」がある。
日本経済新聞が過去の同社の世論調査を分析したところ、2012年12月の政権交代以降の安倍内閣の支持率は平均で53%で、世代別で最も支持率が高かったのは29歳以下の59%だった(2021年8月9日)。この世代はなぜ安倍政権を支持したのか。
動画共有アプリには首相時代の安倍が若者たちから「かわいい」と評された動画がいくつも残っている。作家の鈴木涼美は「安倍さんが長く支持されるに至った強みは『かわいさ』にあった。坊ちゃん育ちの保守政治家で、エリート左派のような冷たさがない。政策とは別文脈で人間的にチャーミングだと思わせる魅力、求心力があったのだろう」と語っている(2020年9月7日朝日新聞デジタル)。
自民党内には若手の小泉進次郎(元環境相)、小林鷹之(前経済安全保障担当相)に対する総裁選への出馬待望論が出ていると報じられている(7月6日産経新聞)。「推し活」の対象になりそうな二匹目のドジョウを狙う動きが党内にあることを推察させる。
30代 鈴木の言う通り「政策とは別文脈」の安倍の強みが「かわいさ」だったとすれば、石丸の強みは何だったんだ。
年金 「面白さ」だろう。
石丸に投票した無党派の若年層は、そもそも政策というものを前の世代ほど重視していなかったと推察される。それは無知とか無関心によるものではなく、いまある政策の選択肢の中に選びたいものがないことによる。
政策とは、大ざっぱに言うなら、限られた富をどこに優先的に再分配するか、その方針のことだ。中心をなすのが社会保障政策だ。今の日本では自民党から共産党までどの政党もほとんど例外なく、若年世代よりも高齢世代に優先的に再分配する政策を掲げている。つまり基本的な政策の違いで投票先を選ぶのが難しくなっている。
30代 それならそうなっている現状そのものを変えたくなるはずではないか。
年金 それをしなくても、個人がある程度の自由を享受できるほど豊かになっているのが今の社会だ。それでも1票を入れるとすれば「政策とは別文脈」の物差しが必要になってくる。しかし、既存の政党の中に「別文脈」の魅力を備えたところは皆無に近い。それが若い層の投票率の低さとなってあらわれている。2021年の衆院選では10代が43・23%、20代が36・50%と、全年代を通じた投票率55・93%を下回っている。
だから、まれに「政策とは別文脈」の魅力を感じさせる人物があらわれると、投票する気が起きる。「かわいい」安倍晋三はそのひとりだった。
石丸にはつまらないものを壊す「面白さ」があり、選びたい選択肢のない政治に代わる新たな政治への希望を若者に感じさせたのかもしれない。