ニュース日記 916 「安倍政治」の終わり
30代フリーター 日銀がアベノミクスの柱だった異次元の金融緩和をやめた。
年金生活者 裏金事件の発覚、安倍派の解散とならんで、「安倍政治」の終わりを象徴する転換点となった。
異次元緩和も、裏金づくりも、あぶく銭を使って事をなそうとした点で共通している。国債の大量発行を可能にしたこの異例の金融政策は、低利で借りまくった札びらで市場の頬をはたくようなやり方だった。他方、利益率が9割に及ぶものもあると報じられた政治資金パーティーでつくった裏金はあぶく銭そのものであり、それを票集めの費用にすることが常態化していた。
30代 異次元緩和は円安を誘導し、輸出産業を潤わせ、株価を押し上げ、雇用を拡大した。それが安倍政権への国民の支持をつなぎとめることに寄与した。
年金 他方でこの政策は、企業がイノベーションをサボっても儲かる仕組みをつくった。ひとつは円安の定着であり、もうひとつは財政出動、つまり低利で借りた金による企業への支援だ。
政府と日銀が「脱却」を掲げたデフレは、本来なら企業にイノベーションを強いるので、富の稀少性の縮減に貢献する。国民にとっては、賃金が上がらない代わりに、利便性を安価で手に入れられるメリットがある。それを削いだのが異次元緩和であり、「失われた20年」は「失われた30年」に延長された。
30代 アベノミクスが目指したデフレからの脱却は、異次元緩和によってではなく、新型コロナの流行とロシアのウクライナ侵略によってもたらされた。
年金 世界経済の基調がデフレからインフレに変わったのは、比喩的に言うなら、資本主義が全力疾走をやめてひと息つこうと、イノベーションをサボりたくなったからでもある。
第2次産業を牽引車とした産業資本主義が、労働者の不払い労働を利潤の源泉としていたのに対し、現在のポスト産業資本主義はイノベーションによる生産性の向上を利潤の主要な源泉としている。だが、イノベーションの機会はいつもふんだんにあるわけではない。
資本主義以前の時代には、イノベーションはまれにしか起こらなかった。気候が寒冷化または温暖化したときとか、経済外の要因が働いたときなどに限られていた。
それに逆らったのが資本主義だ。イノベーションを、めったに起こらないものから、自らが常に起こすべきものに変えた。産業革命と名のつくものだけでも、これまで4次に及んでいる。
しかし、イノベーションの材料や機会は有限だから、それを常態化する試みは必ず壁に突き当たる。今のインフレの前の世界はその時期にあたっていた。資本主義はイノベーションに代わるものを求め始めた。脱炭素化はそのひとつだ。それは国家から補助金を引き出し、それを利潤の源泉にするやり方だ。
脱炭素化はまだ使える化石燃料の一部を放棄することを意味する。ロシアのウクライナ侵略はそれと同等の状態を引き起こした。西側諸国が制裁としてロシア産の石油や石炭を禁輸にしたからだ。思わぬ脱炭素状態が出現したことになる。脱炭素のかけ声がひところのような勢いを失ったのはその結果だ。
だが、資本主義はイノベーションをやめることはできない。それはアディクションのようなもので、チャンスがあれば決して逃さない。進化を続けるAIに群がる資本の姿はそれを物語っている。長期的に見れば、それは世界経済が再びデフレになる兆候かもしれない。イノベーションをエンジンとする資本主義の標準状態はインフレではなくデフレだ。
30代 それなら、なぜ安倍晋三は益より副作用のほうが大きいアベノミクスにこだわったんだ。
年金 彼がいかに憲法改正を焦っていたかが、そこからうかがえる。
彼にとって、アベノミクスは国民から改憲への賛成を取りつけるための手段だった。自分の任期中に改憲を実現したかった彼は、即効性のある経済政策が必要と考えた。そのために「日本銀行に輪転機をぐるぐる回してお札を刷ってもらう」と公言し、マクロ経済の常識を無視した「安倍経済」に突き進んだ。
彼にとっては、株価の上昇や雇用の拡大などアベノミクスの光の面だけが見えている間に憲法改正を進め、ボロが出るのは改憲後になるように仕組めばよかった。新型コロナの直撃はそんな思惑を打ち砕いた。改憲の見通しが立たなくなり、政権を握り続けるモチベーションの維持が難しくなったと感じたのだろう。持病を口実に退陣した。
彼は経済が損なわれるのもかまわず、それを政治の手段に使った。国民の側から見れば、政治のほうこそ経済をよくするための手段のはずだ。その逆の道を進んだのは、彼が改憲に生涯を賭ける「理念の政治家」だったからだ。他方で彼は「情の政治家」でもあった。改憲をクールに訴えることができず、「アメノミクス」と皮肉りたくなるようなアメのバラマキをやった。
岸田文雄には安倍が持っていたような理念はない。改憲は必要だからするというだけで、代わりに何かをバラまこうという気もない。これだけ内閣支持率が低迷しているのに、そのわりに動揺した様子が見られない理由がわかる気がする。