ニュース日記 915 恐怖が誘う戦争

 

30代フリーター イスラエルのガザ攻撃、ロシアのウクライナ侵略に共通しているのは、破壊し尽くし、殺し尽くすことを厭わない戦い方だ。9・11同時テロのあと、アフガニスタン、イラクを攻撃したアメリカなどの多国籍軍に比べると、一切の手加減を拒もうとする両国の強迫的なまでの徹底ぶりがきわだつ。

年金生活者 その奥にあるのは、敵とみなした相手に対する過剰な恐怖心だ。殲滅し、皆殺しにしないと、いつまた攻撃されるか分からないという脅えと言っていい。イスラエルの恐怖心は、20世紀にホロコーストに行き着いたユダヤ人迫害の長い歴史から生まれた。ロシアのそれは、13~15世紀に「タタールのくびき」と呼ばれるモンゴル人による支配が続いて虐殺も経験したことがもとになっている。

 軍備の拡張も、その行使も、恐怖心から生まれるとしたら、他国に恐怖を与えないことが戦争を抑止する力になるはずだ。日本は戦後、その力を憲法9条によって手にした。平和は戦争に比べると、地味で目立たないので、そこには力など働いていないように見える。だが、イスラエルとロシアの振る舞い方を見れば、9条の力があなどれないことがわかる。

30代 中国の全国人民代表大会は、停滞する経済を立て直す新たな処方箋を示せないばかりか、「国家の安全」を理由に、自由な経済活動を規制する強権的な習近平体制を追認して終わった。それは政権がひそかに抱く恐怖の裏返しのように見える。

年金 習らが恐れる対象は外と内にそれぞれある。外にあるのは、経済的な締めつけを緩めようとせず、台湾有事には介入も辞さない構えをちらつかせるアメリカであり、内にあるのは、経済の停滞と自由の喪失に不満を募らせ、いつそれを噴出させるかわかならない14憶の人民だ。

 そうした恐怖は中国の「帝国」としての長い歴史に根ざしている。「帝国」の歴代皇帝は常に周辺の諸族の侵入という外からの脅威と、国内の諸勢力や民衆の反乱という内からの脅威にさらされ、それらと戦火を交えてもきた。それらが「易姓革命」と呼ばれる王朝の交代にもつながった。

 中国共産党も例外ではない。彼らは外なる敵の大日本帝国と戦い、内なる敵の国民党と死闘を演じて国家の権力を手にした。それはいつまた内外の敵から武力によって自らの権力を奪われるかもしれないという慢性的な恐怖を抱え込むことを意味した。

30代 その中国をアメリカは今いちばん恐れているように見える。

年金 経済と軍事を両輪にして世界の覇権を握ったアメリカは、経済と軍事によってその覇権を中国に奪われることを恐れている。それを阻むために、この超大国が進めているのが、中国の経済力を輸出規制などによって弱めることであり、その手法は「経済の武器化」と呼ばれている。「経済の武器化」とは先端的な半導体技術の輸出規制などを指し、国際政治学者の鈴木一人は次のように解説している。

《「経済の武器化」と言うとき、「武器」となるのは、国ではなく企業がつくり出したものです。つまり、半導体技術などの知的財産や金融ネットワーク、クラウドのシステムなどで、米国は、自国の企業が頑張って開発して生み出した技術や製品、国際競争力をいわば乗っ取って武器化し、輸出規制などに使っているわけです。

 例えば、米国は2022年10月に先端半導体と半導体製造装置の中国への輸出を制限する規制措置を導入し、日本にも同じように規制するよう政府に要請してきました。日本には、半導体製造関連で高いシェアを誇るメーカーがたくさんあります。》(日経BOOKプラス、2024年3月8日」)

 自らの権力の源泉であり、同時にその権力を脅かしもする経済と軍事とを一体化し、それを新たな武器として、中国に無血の戦争を仕掛けているのが現在のアメリカだ。

30代 流血の戦争はできないから。

年金 背景に戦争のあり方の世界史的な変化がある。世界の戦争の「本流」は第2次世界大戦を最後に、破壊力を競い合う流血の戦争から、抑止力を競う無血の戦争に移った。その最初の世界戦争である東西冷戦でアメリカはソ連に勝利し、東側陣営を解体した。両陣営は軍事的な抑止力では大きな差はなかったが、経済力では西側陣営が圧倒的に勝っていて、その勝利は必然だった。経済力によるせめぎ合いのほうは放っておいても、おのずとソ連が負ける運命にあった。

 これに対し、改革開放で急速な資本主義化を達成した中国の経済力は、ソ連のそれをはるかに上回るレベルに達し、アメリカはソ連の場合のように放っておくことはできないと判断した。昔なら軍事力で経済インフラなどを破壊する選択肢もあり得たが、無血の戦争が本流になった現在はそれが難しいうえ、仮に実行できても、得るものより失うものが大きい。そこで編み出されたのが「経済の武器化」にほかならない。

30代 「経済の武器化」は、企業の自由な活動を制限し、市場を縮めるから、資本主義にとっては不都合なことのように見える。

年金 不都合を新たな利潤の源泉にして、延命するのが資本主義だ。