ニュース日記 911 トランプが問うもの

 

30代フリーター トランプがウクライナ戦争の止め役を期待されて再選されるかもしれない。「欧米には『支援疲れ』が広がり、米大統領選で共和党のトランプ前大統領は『自分が大統領になればウクライナ戦争を止める』と明言しています」(元インドネシア大使・石井正文、1月20日朝日新聞朝刊)。

年金生活者 バイデンには難しい停戦をトランプならやれるかもしれないという期待があるのは、彼が強者の味方だからだ。自由競争での勝利を正義と考える共和党のイデオロギーを露骨に実行できるのがトランプだ。大国のロシアが勝ち、それにはるかに及ばないウクライナが負けるのは当然であり、強いイスラエルが国家ではないハマスを圧倒するのは当たり前と考えているはずだ。

ただし、それは彼が好戦的であることを意味しない。彼は退任演説で「私は新たな戦争を始めなかった、ここ数十年で初の大統領となったことを特別に誇らしく思う」と自賛した。第2次世界大戦を最後に世界の戦争の本流は、破壊力を競う流血の戦争から抑止力を競う無血の戦争に転換した。彼の戦争観にはそうした世界史的な変化への認識がある。

ビジネス界出身のトランプは外交でも取引(ディール)という言葉をしきりに使った。外交の延長である戦争もディールと考え、軍事的な抑止力に加えて経済力を無血の戦争の武器とした。それで中国との経済戦争を始めた。

30代 トランプが再選されると、インフレが加速するとの指摘がある。中国に60%を超える関税を課す案を検討中と表明するなど保護主義を強めるとみられている。

年金 彼の基本姿勢はひと言でいえば反グローバリズムだ。それは現在の資本主義が当面する矛盾を突いており、その矛盾に振り回される有権者から広い支持を集めている。

30代 反グローバリズムというと、左派のイメージがある。

年金 第2次産業を牽引車とした産業資本主義の時代の基本的な矛盾は資本家と労働者の対立だった。対立が生じたのは、労働者がその労働力を安く買いたたかれ続けたからだ。

第3次産業を牽引車とするポスト産業資本主義の時代に移った現在は、資本家と労働者の対立は資本主義の基本的な矛盾ではなくなった。富の稀少性の縮減が進んで、少なくとも先進国では労働者の賃金は消費支出の半分を生存の維持以外に充てることができるほど上昇した。

 その結果、先進国内で安い労働力を調達できなくなった資本主義は世界中にそれを求めるようになった。主な調達先は改革開放で資本主義化が急進展し中国であり、東西冷戦の終結で市場経済に転換した旧東側諸国だった。それが前世紀末から始まったグローバリゼーションにほかならない。

 この転換は高い賃金でないと雇えない先進国の労働者の仕事を奪い始めた。アメリカには錆びついた工業地帯を意味する「ラストベルト」が出現し、トランプはかつての安定した生活を失ったその地域の有権者に「アメリカをふたたび偉大に」と訴えて、2016年の大統領選に勝利した。

 トランプの反グローバリズムは、保護貿易主義への傾斜、移民の制限、脱「脱炭素」、多様性・マイノリティーの軽視などとなってあらわれている。資本主義が新たな活路としたグローバリゼーションの矛盾を拾い上げ、それを燃料に有権者の熱狂に火をつける戦略だ。

30代 トランプが訴える移民の問題は日本にとってもよそ事ではなくなる。

年金 「日本はすでに『移民大国』」という指摘がある(朝日新聞グローブ、2020年12月8日)。「経済協力開発機構(OECD)によると、3カ月以上滞在する予定で日本に来た外国人は2018年に50万人を超え、世界有数の規模となった」(同)。街を歩く外国人(外国出身者)の姿は日常の風景になっている。

30代 上野千鶴子はこれからの日本について、人口の自然増が見込めない以上、働き手は移民に頼るしかないが、単一民族神話のもとにある日本人は多文化共生に耐えられないので、ゆっくり衰退していくしかない、と主張したことがある。「みんな平等に、緩やかに貧しくなっていけばいい」と(2017年2月11日中日新聞)。

年金 現実には「多文化共生」は耐えられないどころか、気がつけば日本人にとって身近な状態になりつつある。

 もともと今の日本人の直接の祖先は「多文化共生」によって形成された。「日本人の起源は、列島に住み着いていた縄文人に、大陸からの渡来集団が混血して弥生人となり、現代の日本人につながったとする『二重構造モデル』」が定説とされてきた」(2021年9月18日朝日新聞デジタル)。この記事は「さらに大陸からの渡来が進んだ古墳時代になって古墳人が登場したことで、現代につながる祖先集団が初めて誕生したことを示唆」する研究が進んでいることを紹介している。

 「単一民族神話」が生まれたのは、むしろ「多文化共生」が当たり前すぎて、列島の住民がまるで単一民族であるかのように自然にまじり合った結果と推定することができる。「移民大国」に向かう歴史的な土壌は古くからあったと見なければならない。