ニュース日記 852 「皇帝」の即位

 

30代フリーター やあ、ジイさん。中国共産党の新しい指導部は習近平に忠実なメンバーで固められ、「習1強」体制が完成した、と報じられている(10月24日朝日新聞朝刊)。中国は「帝国」としての体制をいっそう強固にし、習はその「皇帝」に即位したということか。

年金生活者 中国が経済の近代化を遂げながら、政治的には前近代的な「帝国」の体制を強化している背景としてふたつのことが考えられる。

 ひとつは経済のグローバル化だ。1国だけでは経済をコントロールできなくなり、国連やEU、G7といった国家間システムにそれを頼らざるを得なくなった。その結果、国家からその権力の一部が離れ、国家間システムに移った。領域内にさまざまな勢力を抱え、周辺に服属国を持つ「帝国」は国家間システムの一種であり、当然そこにも権力が移った。

 「帝国」の場合は同じ国家間システムでも、対等な主権国家どうしが連結したそれとは異なる。中心となる国家があり、それに服属する国家がつらなる。グローバル化の進展にともない、国家から権力の一部が流出して国家間システムに移っても、それはシステムの中心をなす国家に還流する。それが中国の国家権力を強化する作用をしている。このことはプーチンをツァーリとする「帝国」としてのロシアについても言えるはずだ。

30代 もうひとつの背景は?

年金 戦争だ。戦争は国家への権力の集中を促す。その集中の度合いが「帝国」と「主権国家」である西側諸国では異なる。

 アメリカをはじめ民主化した「主権国家」、言い換えれば「国民国家」は戦争に強いのが特徴だ。国民は国家を王や皇帝のものではなく、自分たちのものと考えるので、自らの手で国を守ろうとする気持ちが強い。その力が第1次世界大戦で古くからの「帝国」を弱体化させた。

 だが、資本主義の高度化はそうした「国民国家」の強みを次第に奪っていった。選択的消費が消費支出の過半を占めるようになり、自立意識を強めた国民は国家を頼りにする気持ちを低下させ、そのぶん自らの手で国を守ろうとする気持ちを以前ほど強く持たなくなった。アメリカがアフガニスタン戦争、イラク戦争を経て戦争遂行能力を著しく低下させたのは、その結果と言える。

 これに対し、「帝国」、とりわけ中国では経済のグローバル化、デジタル化によって国家への権力の集中が進みやすくなった。グローバル化で国家から分散した権力は「帝国」に還流し、デジタル化の進展は個人や個々の企業を監視する社会を出現させた。それを加速しているのがアメリカとの「無血の戦争」だ。

30代 前近代的な「帝国」が世界第2位のGDPの大国に成長したのは「歴史の謎」として残るのではないか。

年金 ヘーゲルの「理性の狡知」を真似て「歴史の狡知」を想定したくなる。ソ連という自由なき「帝国」が70年ものあいだ存続したのは、それに対抗する西側諸国に社会保障政策を広げさせるためだったのではないか。中国という抑圧の「帝国」が経済大国に成長したのは、独裁下のほうが効率よく進められる社会のデジタル化、AI化を進展させるためだったのではないか。そしてそれらはいずれも「歴史の狡知」が仕組んだことではないか、と。

 「歴史の狡知」が大げさなら「資本主義の意思」と言ってもいい。資本主義は労働者を搾取の対象としてだけでなく、生産された商品の買い手として必要としている。搾取するだけだと、労働者は商品を買えなくなるから、富を再分配しなければならない。そのために社会保障政策を国家に求める。「平等」の旗を掲げるソ連はそれを西側諸国に促す役割を果たした。

 資本主義はいま新たな利潤の源泉を求めて、社会のデジタル化、AI化をやりやすい独裁国家をあと押しし、その成果が西側諸国をデジタル化、AI化にいっそう駆り立てることを狙っている。そんな「意思」を感じさせるほど中国の膨張は進んでいる。

30代 アメリカと中国の「無血の戦争」は時代をどんな段階へ推し進めるだろうか。東西冷戦がもたらした世界の工業化の進展に匹敵するような変化を現在の戦争は引き起こすだろうか。

年金 東西冷戦がもたらした工業化の中には米ソが競った宇宙開発を含めることができる。当時の宇宙開発は採算の合うプロジェクトではなかったので、市場にまかせていては進展せず、国家が担うしかなかった。その成果がいま民間企業による宇宙開発にまで発展しつつある。宇宙は資本主義が利潤の源泉として必要とする辺境のひとつに加わった。

 デジタル化、AI化は、冷戦時代の宇宙開発と同様に、自由な市場にだけまかせていては進展が遅くなる。早めようとすれば国家が国民を強制する必要がある。

 国家の強制力は戦争をしているときに最も強まる。ただ、その度合いは国によって異なる。「無血の戦争」の一方の当事者である中国は「帝国」であるがゆえに、アメリカより強い強制力を発揮し得る。それだけデジタル化、AI化は早く進み、世界のモデルとなる可能性がある。かつて独裁国家のソ連が世界の宇宙開発をリードしたように。