がらがら橋日記 中海の畔にて④

 

 初めは、ダイコンを一列だけ播くという話だった。

「しょっちゅう来れんのだけん、ほっといてもできるもんを作りゃあいいわね。」

 それぐらいなら家庭菜園入門として適当だろう。やってみて物足りなければ増やしていけばいい。そう考えて始めたのだが、

「ここで、ニンジン作らん?する?だったら、ここに一畝作って。」

「うちのニンニクが余ったけん、こっちに植えーか。」

「ハクサイとキャベツの苗があったけん、植えちょういたけんね。もう少し場所があーけん、苗買ってきて植えーだわね。そうねえ、ブロッコリーもあーといいけん、三つずつでも買ってくーだわ。あっ、ついでに鶏糞と牛糞買って来ちょいてよ。」

 行く度にMさんの勧めに従っていたら、あっという間にけっこうな規模の菜園になった。こんなに維持できるのだろうかと少々不安になったが、Mさんとしゃべっていると、だれの畑でだれの作物で、といったことは関係なさそうなので、言われるまま成り行きに任せればいいと思えてくる。

 8月の終わりにダイコンの種を播いた。その種もMさんが播いた残りをもらったものだ。その翌日から天気が崩れてどっさりと雨が降り、その後好天が続いた。どうやら最高のタイミングでの種まきであったらしく、びっくりするようなスピードで葉が大きくなっていった。

「ちょっと、うちの周りでこげん大きく育っちょうのないよ。よかったねえ。」

 Mさん、実に楽しそうだ。十月の終わりごろには収穫できるんじゃないかということだった。

「あんたんとこのやつから取って食べーわ。」

 もちろん異存はない。ぼくは、言われるままにわずかに作業しただけで、畑地はもとより種も肥料も農薬もすべてMさんのものなのだから。

「この畑にあるもんは、どれなと取っていいけんね。好きなやつ持って帰ーない。」

 つまり、Mさんは肥沃な畑地が何も生み出さず雑草がはびこってしまうのが我慢ならないのだ。出会って楽しくおしゃべりができる間柄だったら誰が何を作ってもよく、誰が何を持って行ってもかまわない。

「そこ、ひょうたんカボチャがあーでしょ。尻が少し赤んなったら取れーけんね。おいしいよ。まあ、他の人が先に取ったらないけど。」

 原始共産制ってこんな感じかなあと想像した。