ニュース日記 845 「帝国」の資本主義

 

30代フリーター やあ、ジイさん。中国の経済成長をあと押ししてきた日本はその果てにいま、国際ルールをはみ出すようなことをするこの大国に振り回されている。そんなストーリーのニュースを朝日新聞が報じていた(8月30日朝刊)。

年金生活者 中国を支援してきたのは自民党の保守本流と呼ばれる勢力だ。派閥では田中派や宏池会に代表される。その基本路線を特徴づけるのは「軽武装と経済優先」だ。

 「軽武装」は自民党の党是とは異なり、憲法9条の堅持を意味した。戦争の放棄をうたうこの条項は先の大戦での日本の加害責任を認める条項でもある。最大の加害のひとつが中国侵略だった。保守本流の政治家たちは中国への償いなしに戦後の日本外交は成り立たないと考えた。

 「軽武装」と両輪をなす「経済優先」は資本主義を発展させることを意味した。資本主義は辺境の存在を必要とする。開発された先進地域と未開発の辺境とをつなぎ、その落差を利潤の源泉としながら発展してきた。かつての中国はその辺境に該当した。保守本流政権が中国のWTO加盟に力を尽くしたのも、先進地域と辺境をつないで両地域の落差から利潤を搾り出す狙いがあったからだ。

 この試みは成功し、アメリカに次ぐ世界第2位のGDPの経済大国を出現させた。アメリカにとってそれは自国にふんだんに利益をもたらしてきたドルの基軸通貨の地位を脅かしかねない事態を意味する。アメリカが中国との対決姿勢をむき出しにし始めたのはそのためだ。

30代 両大国の対立は台湾をめぐって緊張を増している。

年金 中国が台湾を自国の一部と強調するのは、持ち物のひとつを失うのを嫌がっているのとは違う。台湾を失えばすべてを失うかもしれないと恐れている。

30代 台湾の独立を認めれば中国共産党の支配の正統性が崩れるからだと言われている。共産党は内戦で大陸から追い出した国民党が台湾に逃れるのを阻止できず、この島をいまだに実効支配できないでいる。国民党を倒して成立したことに共産党政権の正統性を置く限り、その正統性はまだ完成したとは言えない。なんとしても台湾を支配下に置かないと、政権は常に不安定部分を抱えることになる。

年金 その見方は間違いではないが、背後に中国がいまなお引きずる「帝国」の伝統があることを見ないと、共産党政権の台湾への執着は説明しきれない。

 帝国は他の諸国家に対して圧倒的な強さを持っているので、服属する国家がなくても存立できるように見える。だが、それは錯覚だ。服属する国家は帝国のつっかえ棒であり、それを失うことは支えを失うことを意味する。服属国家があるからこそ帝国の権威が保たれ、民衆を服従させることができる。台湾はそうしたつっかえ棒のひとつとみなされている。

 かつて「世界帝国」だった時代の中国の服属国、つまりつっかえ棒になっていた地域として朝鮮半島、日本、ベトナムなどがある。その名残をいま北朝鮮との関係に見ることができる。中国は北朝鮮が韓国に飲み込まれるのを何としても避けたがっているはずだ。

30代 中国には中国の民主主義があると習近平政権は強調する。それは経済的な自由を認める一方、政治的な自由を抑圧する「民主主義」だ。中国国民は内心「そんなものは民主主義ではない」と思っているはずだ。

年金 私の推察では逆だ。たいていの国民は習らの言うことを信じていると思う。

 民主主義はそれ自体が目的ではなく、人間の自由を拡張するための手段と考えれば、さまざまな形のものがあって当然という考えが成り立つ。西側とは違う「中国の民主主義」という考え方もそこから導き出される。

 人間は民主主義の時代よりはるか以前から自由を求め続けてきた。その手段はその時代の富の大小によって決まった。政治的な自由についていえば、富の乏しい時代は独裁者だけが自由を享受した。少し豊かになると、複数の権力者が享受するようになった。やがて民主主義の時代を迎えて国民全員がそれを手にした。

 もし中国の国民が現在ほど豊かな暮らしをしていなかったら、「中国には民主主義がない」「独裁をやめて民主化せよ」といった声が噴出するかもしれない。1989年の天安門事件に至った学生、市民らの民主化要求運動はそんな民衆の声を代弁したものだった。

 それは改革開放政策によって絶対的な貧困からは脱しつつあったものの、まだ今のような豊かさには達していない時代に起きた。貧困からの脱出によって自立意識を強めた国民は政府への批判意識も強め、いまだ十分に豊かとまではいえない暮らしの不満を政府にぶつけた。貧困と豊かさの中間段階の時代に起きた運動という点では、半世紀前の全共闘の運動と似たところがある。

 いま中国の国民は当時の日本国民より豊かな生活を送っている。インターネットの普及がそれに大きく寄与した。その豊かさが人びとの自由を拡張した。消費の自由、職業選択の自由、移動の自由を広げた。それは中国の資本主義の高度化によってもたらされた。習政権はそれを「中国の民主主義」の成果だと言うかもしれない。