がらがら橋日記 アリ・ハチ・ムカデ

 

 外仕事を始めたころ、真っ先に購入したのが携帯式の蚊取り線香である。腰に下げておくとまず蚊に刺されることはない。一度ヤブ蚊の群れに襲撃され、不思議に思って見てみると線香の火が消えていた。以来、度々煙が出ているのを確かめ、決して切らすことがないよう注意をしている。この仕事、人間から不快な思いをさせられることがない代わりに、油断すると虫たちからひどい目に遭うのだ。もう一つ、先輩から必需品と言われたのがハチ専用の殺虫スプレーだ。確かに、スズメバチはよく見かける。糖分の多い果樹の周りを仕事場としているのか、近づくと向こうも低い羽音を響かせてぼくの周囲を二度三度と往復する。どこの家でもスプレーを用意してくださるのだが、まだ使ったことはない。職務質問が続く間静かにしていれば、どこかへ飛んでいってしまう。向こうが「一応これがお役目なもんで」ぐらいの淡泊なあしらいなので、攻撃する必要を感じたことはない。

 閉口したのは、ハチよりもアリである。足とか腹、腋などに注射針を刺したような痛みが走る。たいていの場合一回で終わらず、その近辺を二度三度と刺される。その晩は痛み痒みはないのだが、翌朝起きてみると、赤く腫れてひどく痒い。それが四五日、場合によってはそれ以上続く。不快なことこの上ない。一体何が刺しているのか噛んでいるのかしばらく分からず、対策の立てようがなかった。はじめ、蚊取り線香のバリアをかいくぐって攻撃してくるのだから、挙動が盲進的なアブではないかと考え、腰から上の高さを警戒していたが、アブのいない庭でも同じ目に遭った。アリだと分かったのは、ついに犯行現場を目撃したからで、腹にへばりついているそれの容姿風体をしっかり記憶して調べたら、ハチ同様の毒針を持つオオハリアリだった。

 その後も何度か被害に遭いながら、分かってきたのは、彼らは堆肥になりつつある腐った葉や木などに巣くい、それらを食して棲息範囲を広げているようなのだ。暑いという理由で長靴を避け、スニーカーで作業するような愚か者などやっつけるのは簡単で、足、それも両足からズボンの中を這い上がり、膝、腿裏、尻、腰と順に刺して痒みに悶えさせたものである。

 失敗に懲りた今では、長靴と手首を覆うゴム手袋で防衛力も格段に向上を見、余裕もできた。伐採して時が経ち、腐葉土然となった草木をゴミ袋に詰めるときなど大量の彼らとその仲間たちムカデ、ハサミムシ、ダンゴムシの類いを目にするが、どこか親しみを感じるようになった。同じ現場で、分解という大切な仕事を担っているのだ。ご苦労さんです。