ニュース日記 841 国葬に反対する
30代フリーター やあ、ジイさん。安倍晋三の国葬をどう思う。
年金生活者 安倍晋三の国葬だからではなく、だれの国葬であれ、国葬そのものに反対だ。聖人をつくり出す神の位置に国家を復帰させることになるからだ。権力を国家に再集中させることを認めるわけにはいかない。
安倍政権は国家に権力を集中することを使命として誕生した。憲法改正はその総仕上げとなるはずだった。現政権に国葬をさせることによって、彼は死してなおその使命を果たそうとしているように見える。
この政権の使命を最も鮮明に具現化したのが「地球儀を俯瞰する外交」「積極的平和主義」だった。戦後の首相で安倍晋三ほど外交・安全保障に力を入れた首相を知らない。
外交と安保は国の専管事項とされる。外交・安保を担えるということは国家の国家たるゆえんでもある。「国家は他の国家に対して存在する」(柄谷行人『世界共和国へ』)からだ。国家は他の国家に相対したときその存在理由を証明することができる。だから、外交・安保のための作業を重ねれば重ねるほど国家に権力が集まることになる。
外交・安保を通じて国家に権力を集中させようとした安倍政権の政策の最たるものが、それまで認められていなかった集団的自衛権の行使を一部容認する安保法制を制定したことだ。これによって憲法9条の理念は棄損され、国家権力を縛る憲法の機能は低下し、そのぶん国家の権力が増した。憲法改正はそれを全面化するものだ。
30代 国家主義的なイデオロギーが彼を駆り立てていたように思える。
年金 それだけではない。背景に国家からの権力の分散という世界史的な流れがあり、分散した権力を回収しようとする官僚や政治家の自己保存の欲求が働いた結果と考えることができる。
資本主義の高度化は、国家の権力の一部を個人、企業(市場)、国家間システムに分散させた。消費の過剰化が個人への、産業のソフト化が企業(市場)への、資本のグローバル化が国連やEUをはじめとした国家間システムへの権力の分散を駆動した。
それに対する国家の拒絶反応として、分散した権力の国家への回収をはかる動きが、ヨーロッパなどでの排外主義的な右派政党の伸長となってあらわれた。安倍政権もそうした流れのひとつとして誕生した。
30代 他方で安倍政権は経済最優先を強調した。
年金 アベノミクスは金融緩和と財政支出で景気を刺激する従来からの「大きな政府」政策を大規模化したものだ。つまり「より大きな政府」を目指す政策だった。これは「官から民へ」をスローガンに郵政民営化を進めた小泉政権の「小さな政府」政策とは対照的と言っていい。
アベノミクスの背後に見えるのは、経済を国家によって統制する思想だ。国家社会主義的な考えを持っていた岸信介を祖父に持つ安倍晋三はその思想の影響を受けたと推察される。彼は外交・安保の分野のみならず、経済政策でも国家への権力の集中を目指したということだ。「官製春闘」はその意志の明白な表明でもあった。市場原理に反するような経済政策をとるのをためらわず、経済への過剰な介入に走ったのが安倍政権だった。
その反作用がいま、インフレでも利上げできないという日銀の機能マヒ状態となってあらわれている。
30代 そんな彼が新型コロナの蔓延しているさなかに退陣した。
年金 こと感染対策に関する限り安倍の握る国家の権力より強い医療界の権力が彼の前に立ちはだかったからだ。
医師会や病院業界、製薬・医療機器メーカーといった医療界の力、私が「医療権力」と名づけるその力は、「人命」を第一に考える国民の要求に支えられ、新型コロ対策でその強さを見せつけた。マスク、手洗い、消毒、外出自粛、在宅ワーク、営業自粛など日常のすみずみまで国民の行動を制限した。戦後の日本で政治権力がここまでやった例はない。
安倍政権はほとんどその言いなりになるしかなかった。そればかりか、「言いなりになり足らない」と医療界や野党や国民から突き上げられた。
30代 国家第一を信奉する安倍にとって、コロナ対策を最高権力者である自分のコントロール下に置けないのは我慢ならなかったに違いない。
年金 それを巻き返そうとしたのが、学校の全国一斉休校という賭けだった。医療権力もまだ言い出していない大胆な措置を周りに相談せずに取ることで一気に主導権を取り戻そうとした。それは学校を混乱させ、保護者に負担を強い、子供にストレスを与え、それなのに効果のほうはあまりないという結果に終わった。
アベノマスクの配布も、医療権力の手ではできないことをすることで主導権を奪い返す意図が隠されていたと推定できる。そのさんざんな評判は繰り返し報じられてきたとおりだ。給付金などは政治権力の発揮のしどころだったのに、それがすぐにできるシステムになっていない官僚組織のもたつきで、大勢の怒りを買った。
安倍晋三はコロナに負けたばかりでなく、自らの支配下に置こうとした「医療権力」に敗北した。内閣支持率は急落し、持病を口実に2度目の政権投げ出しをするはめになった。