ニュース日記 834 戦争のゆくえ、戦後のゆくえ

 

30代フリーター やあ、ジイさん。ウクライナが軍事大国のロシアに負けない強さを発揮している。

年金生活者 政体が民主制であることが大きな要因のひとつとなっている。独裁国家だったアフガニスタンやイラクが、アメリカに攻め込まれると、あっけなく崩壊したことを思い起こせば納得がいくはずだ。独裁者は国家を自らの所有物のように考えているので、自分の命が危なくなれば国家を捨てる。イラクの大統領だったサダム・フセインは首都が陥落する前に逃亡した。アフガニスタンの首長だったムハンマド・オマルは開戦当初、政府施設ではなく自宅にいた。アメリカは民間人の被害を恐れて空爆をやめ、彼の逃亡を許したとされる。

30代 ゼレンスキーは彼らと対照的な行動をとり続けている。

年金 民主的な選挙で選ばれた大統領だからだ。国家は国民のものであり、大統領の所有物ではない。大統領はその運営を任された国民のしもべであり、独裁者のように勝手に国家を捨てることは許されない。ウクライナを自分たちの国家と考える国民は、だからこそ自分たちの手で守ることを決意し、ゼレンスキーにその先頭に立つことを求めた。

 独裁国家の国民には国家が自分たちのものであるという意識が民主主義国の国民ほど強くない。だから、戦争をすれば民主主義国のほうが強い。市民革命のあとナポレオンに率いられたフランスが周辺国との戦争に勝ち続けたのも、イギリスやアメリカが覇権国家になったのも、民主主義を政体に採用したことが大きな要因だ。

30代 そう考えると、ロシアが戦争を継続できているのが逆に不思議に思えてくる。

年金 その理由を考えると、やはりプーチンの支持率の高さに行き着く。

 ロシアの独立系世論調査機関「レバダ・センター」が4月下旬に実施した世論調査では、プーチンの支持率は82%にのぼっている。民主主義国のトップがこれほどの支持率を獲得するのは、よほど特殊な状況でないと起きない。9・11テロ直後のブッシュの支持率が91%に跳ね上がったのがそれに該当する。彼はそのあと一時19%まで支持率を落としている。

 これに対して、プーチンは低いときでも60%程度を維持しており、国民の支持は安定していると見ることができる。なぜなのか。その支持率は初めから下駄を履かせられているからだ。これは調査や集計に操作が加えられているという意味ではない。「下駄」とは政策や政権運営への評価とは別の特性への評価を指す。すなわち「ロシア帝国のツァーリ」としてのプーチンの権威に対する評価だ。

30代 現在のロシアは帝政ではない。

年金 ないけれど、帝国の伝統をいまなお引きずっている。ウクライナを対等な主権国家ではなく、自らに服属する臣下のように扱い、言いなりにならないと軍事力を行使するという前近代的な振る舞いにそれがあらわれている。

 ロシア国民の大多数はプーチンを、ソ連崩壊後の廃墟からこの国をふたたび立ち上がらせ、国民の生活を安定させた善きツァーリとして支持している。ウクライナで現政権に虐げられているロシア人を救うための軍事作戦だと宣伝されれば、そう信じてしまう。

 そんな「帝政」が倒れるときあるとすれば、第1次世界大戦で国民生活が破壊され、革命にまで至ったときのような事態が到来したときが考えられる。だが、その可能性はいまない。西側諸国による大規模な経済制裁はロシア国民の生活を窮地に追い込むところまでは至っていないし、今後もその可能性は低い。消耗戦はこの先もなお続くと見なければならない。

30代 光はどこにも見えないのか。

年金 長谷川慶太郎は、世界経済をインフレ基調にするのは戦争であり、デフレに導くのが平和だと指摘した。東西冷戦のあいだはインフレが続いた。それが終わったとたんにデフレに転じた。戦争は国家による膨大な財政支出を不可避にする。東西冷戦では、軍備への支出ばかりではなく、社会保障を中心とした支出が両陣営の間で競われた。

 その冷戦の終結で、国家による財政支出が喚起していた需要は縮小し、敗北した東側諸国からは安い労働力が世界市場に流れ込んで、世界経済の基調はインフレからデフレに転換した。それは絶えざるイノベーションを企業に迫り、富の稀少性の縮減を加速した。

 そんな時代の流れのなかでいきなりロシアのウクライナ侵略が始まった。それはウクライナ領内での「流血の戦争」だけでなく、経済制裁を武器とした世界規模の「無血の戦争」を引き起こした。それは一気にエネルギー価格の高騰を招き、世界各国の諸物価を急上昇させた。世界経済はデフレからインフレに再転換した。

 ロシアの侵略戦争は長期化の様相を見せているうえ、戦争が終わってからも、復興需要の増大でインフレはかなりの期間にわたって続くだろう。しかし、永遠に続くことはあり得ない。需要がひととおり満たされれば、振り子が反対に振れるように、供給過剰が訪れる。イノベーションの競争が激化する。希望的観測を言うなら、そのときこそ富の稀少性の縮減がもう一段ギアを上げて進むだろう。