ニュース日記 830 日本人の立憲主義
30代フリーター やあ、ジイさん。憲法記念日前の朝日新聞の世論調査では、憲法9条の改正反対が賛成を上回る一方で、緊急事態条項を設けることには賛成のほうが多かった。
年金生活者 調査結果は、国民のあいだに「平和主義」は根づいていても、「立憲主義」すなわち国家権力を縛るのが憲法だという考え方は根づいていないことを示しているように見える。それでも日本国憲法はこれまで、十分とは言えないまでも国家権力を縛る機能を果たしてきた。それは9条があったからだ。
「立憲主義」の立場を日本国民の多くは取らないが、9条の非戦・非武装は国家に対する究極の縛りを意味し、それを堅持することで間接的に「立憲主義」の立場を取っていると言える。
憲法は各条項がつながってひとつの体系をなしているので、9条の縛りの強さが他の条項にもおよび、国民がそれと意識しない「立憲主義」が実現していると考えることができる。
30代 橋下徹がウクライナをめぐる木村草太との対談で「戦争中こそ憲法の考え方がものすごく重要だと痛切に感じた」と語っている(ABEMA TIMES、4月30日)
年金 権力の行使に制限をかけるのが憲法なのに、有事になるとそれを緩める方向に政治が動きやすいことを警戒する立憲主義的な考え方が表明されている。
30代 橋下は次のようにも言っている。「ウクライナは政治の判断として、18~60歳まで男性について国外退避を禁止することになった。家族と一緒に国外に逃げたい、だけど国に“残ってくれ”と言われているから逃げられない、と。(中略)今の日本で考えれば、“逃げる自由”を認めないのは絶対に許されないこと」
年金 有事をめぐるこれまでの常識とは異なる考えが表明されている。戦争になれば国民の権利を制限するのは当たり前というのが現在の世界の常識であり、自民党が憲法に緊急事態条項を設けるように主張しているのもそうした「常識」に沿ったものだ。橋下は「逃げる自由」を認めよという言い方でその「常識」を批判している。
この主張は国家の大義よりも人の命の尊重を優先する考えだ。こんな主張が左派でもリベラル派でもない、れっきとした保守派の元政治家から出てくるところに、「熱い戦争」が「本流」から「傍流」に移った世界の現在が示されている。
30代 JNNの世論調査では、憲法9条にもとづく防衛の基本方針である「専守防衛」を「見直すべき」とする回答が52%と半分を超えている(5月9日TBS NEWS DIG)。ロシアのウクライナ侵略が影響していることをうかがわせる結果だ。
年金 JNNの調査結果は「悪貨は良貨を駆逐する」というグレシャムの法則を思い起こさせる。ロシアの侵略戦争を「悪貨」に、日本の「専守防衛」を「良貨」にたとえれば、この「良貨」が駆逐される恐れがあることを調査結果は示している。
ロシアが「悪貨」を使っているのに、日本だけが「良貨」を使えば大損害をこうむる。いつ先制攻撃を仕掛けてくるかわからない相手に「専守防衛」で臨んでいたら、向こうにほしいままに侵略される。だったら、相手から攻撃されるまで待つのではなく、攻撃されていなくてもその恐れが生じたら自衛力を行使すべきではないか。日本国民の中にあるそんな懸念がJNNの調査結果にあらわれていることは確かだろう。
ウクライナにはロシアを先制攻撃する意図などなく、事実としては「専守防衛」状態にあった。現にウクライナ軍はロシアに攻撃されて初めて反撃した。そのぶん犠牲が大きくなった。もっと早い段階でロシア軍をたたいていれば、犠牲を縮小できたのではないか。だから、日本も「専守防衛」を見直すべきだ。そういう見方は成り立つし、JNNの調査はそれを反映していると言える。
30代 ところが、朝日新聞の世論調査では、逆に「専守防衛」を「今後も維持するべきだ」が68%にのぼっている。
年金 ロシアのような国が相手だと、「専守防衛」をやめるとかえって攻撃を誘発する可能性が高まる。もし日本が「専守防衛」を放棄すれば、日本に先制攻撃されるかもしれないと疑心暗鬼になる国が一部にせよ出てくる可能性がある。とりわけ自らが先制攻撃をいとわないロシアのような国は、相手も同じようにするかもしれないという考えに陥りやすい。相手が先制攻撃する前にこっちが攻撃しなければやられてしまうと考えだすかもしれない。
ウクライナのNATO加盟はロシアにとって脅威だから、それを阻止するためとして始めた「特別軍事作戦」はそうした考えから導き出されたものだ。加盟に動いてもいないときに武力行使に踏み切るくらいだから、もしウクライナが先制攻撃の選択肢を捨てない意思を少しでも示していたら、ロシアはもっと早く攻め入っていただろう。
それらを考えると、「専守防衛」の放棄は日本にとって危険だということがわかる。「専守防衛」維持派が多数になった朝日新聞の世論調査は国民の中にそうした懸念が強いことを示している。「悪貨が良貨を駆逐する」のを助けるようなことをしてはならない。