がらがら橋日記 ハーブ③
もらったオリーブの苗木は、鉢植えにして玄関脇に置いた。秋口までここには、松、梅、つつじ、千両、釣り忍などなど、昭和の庶民住宅の常連たちがいたのだが、思い切ってすべてに引退してもらった。ブロック塀も取っ払って、ただのセメントの平面にしてみると、手の内を晒して、これで全部でございます、と言ってるような気分になって、予測していた後ろめたさや気恥ずかしさは感じなかった。現金なもので、なくなってみると、ブロック塀などなにゆえあんな重苦しく無粋なものを当たり前と思っていたのかと不思議にさえ思うのだ。
オリーブの鉢を置いて眺めていたら、梢の先が小さく揺れたと思ったら、団扇で扇ぐみたいにパタパタと震えた。それを見たとき、必要なものはこれだったんだ、と分かった気がした。これまで見えなかった風がそこに見えたのだ。たぶんオリーブを選んだのも葉が細くてからんとしている上に、間が透けていて風通しがよさそうだったからだ、きっと。隙間があれば何かを植えて石を置き鉢を並べていた両親の反動だな、これは。ぼくは長いことかけてこの家で、澱んだ空気への嫌悪感を育てていたのかもしれない。皮肉なことだけど、それが、満たすことに懸命だった人たちから受け取ったものなのだ。
鉢一つだと所在なげなので、それの話し相手に少し離して小さめのオリーブを置くことにした。実をならせるには違う種類が必要で、その数は夥しいのだが、相性の良し悪しでいくつかに絞られる。目当ての種類を求めて、ホームセンターや花屋を巡った。知らなかったが、今オリーブの人気は高く、どこでもけっこうな数の苗木が売れていた。ところがほしい種類がどこにも見あたらない。あきらめて帰りがけ、買い物にスーパーに寄ったところでひょいと見つけた。マーケットの一角にある花屋だが、お世辞にも世話が行き届いているとは言えず、枯れたポットが平気で並んでいて、はなから探す対象にしていなかった店である。ひょっとしてと雑草が生えるに任せた苗木ポット群をかき分けると、あった。虐待まがいの多頭飼育の中から救い出したような気になった。本で見た「よい苗の選び方」で言うと、選んではいけない側なのだが、見つけてしまったのだから仕方がない。むしろ良家の出自でないのがおもしろいではないか。安いし。
今それは、実家のオリーブの許嫁として、アパートのベランダで手厚く育成中だ。ちなみに種名はミッション。由来は調べても分からない。芝居がかった現れ方からして何やら思わせぶりだが、ちゃんと育てるのがお前の使命、と開き直られただけかもしれない。