専業ババ奮闘記その2 ショートステイ②
退院後の受け入れ先が決まってから半月、玉湯に行って子守をしたり、娘と3人の孫が来たり、畑に行ったりしながら、1日おきに義母のいる病院に通った。
宗矢の泣き入りけいれんはなかなか収まらない。我が家から帰る際、車に乗るのが嫌で大泣きすることが多く、唇が紫になってぐったりした宗矢を抱っこしたまま娘の車に乗り込んで玉湯まで行き、その後を夫が車で付いてくるということが何度かあった。
病院での義母は寝ていることが多く、ある時は、「寝てばかりだから帰りますよ」とベッドに背を向けると、「どこへ帰えかね」と背中から声がする。振り向いて、「あら、うちの家ですがね」と答え、逆に、「婆ちゃんは今どこにいますか」と聞くと、「出雲」なんて答えが返ってきた。また、ある時は、「そろそろ帰りますよ」と言うと、「寺町へね」などと言うことも。寺町は義母の生家があるところで、その時は幼少期の記憶の中に迷い込んでいたのかもしれない。
退院2日前、カンファレンスに呼ばれた。病院側からは、医療ソーシャルワーカーさん、担当看護師さん、実習生さん、ショートステイからは、主任さん、ケアマネさん、そして私たち夫婦が顔を揃え、1時間の予定で始まった。
まずは担当看護師から入院生活の記録が書かれた紙が配られ、1か月半の様子を話される。紙を見て驚いたのは、体重が入院前から10キロ減っていることだった。行っても寝ていることが多いので、そこまでだとは気づかなかった。1日1回オマルに座らせる時と、放射線治療、リハビリ以外はほとんど寝ているようで、精神科から処方される睡眠剤で夜眠ることもあれば、壁ドンドンが続くと車椅子に乗せて詰め所に連れてくることもあるとのこと。お尻と腰のあたりに褥瘡があり、皮膚科から薬が出ていて、その治療も継続するようにとのことだった。ここのところ食事は2割程度しかとれていないようだ。痩せるのは当然だ。ヨーグルトやプリンは食べるとのことで、ケアマネさんから、家庭から栄養補給のために飲むゼリーやヨーグルトなどを持ち込んでもらいたいと言われる。ショートステイの側からの確認は事細かい。そこまでしてくださるのかという思いだ。1時間の予定は大幅に超えた。