がらがら橋日記 自転車3 高槻

 

 大都市での車の運転は、できることなら避けたい。今でこそ慣れたが、奥出雲から松江に転居してしばらくは、運転するのに気が重かった。交差点はうんざりするほどあるし、歩行者もいる(奥出雲では横断歩道があってもめったに歩行者に出会うことはない)。

 もう20年以上も前の話だが、隠岐の島で暮らしていたころ、信号が西郷に一つだけあった。それ以外の村であれば信号を見ずに移動できた。村の小学校で同僚だったある女性は、それが理由で西郷には車で行かない、と言っていた。信号を通過する緊張を思うと運転する気になれないらしい。彼女は嘲笑されようとも意に介さず、まじめに告白していた。凶器にもなるのだからそのぐらい臆病でいられる方がいいのかもしれない。ぼくが大都市を運転したくないのも彼女と規模が違うだけの話だ。

 大阪府ではあるが、今回目指すは高槻市で、いくらか気が楽だった。ナビのおかげで道に迷うことなく、予定より早くS氏宅に到着した。車を駐車場に入れてしまえばこっちのもので、あとは自転車での移動だから初めての町でもまったく気にならない。結局、自動車はぼくにとって重すぎるし、速すぎるのだ。高速を何時間飛ばそうとも、その思いがどこか離れない。

 二日間、高槻、茨木、千里、自転車であちこち回った。幸い尻の皮も無事だったし、見る時間もしっかり取ったので、くたびれることもなかった。観光地もそれぞれにおもしろかったが、それよりも氏の開拓したサイクリングコースが楽しかった。名所旧跡の類いを追うのでない、地元の人々にとって大切な公園や神社仏閣を巡った。よく見れば何でもなくはない何でもなさが感じられるとき、これは自転車ならではだろうと思うのだった。

 地下道で自転車を押していたら、出口の階段に行き当たった。見ると階段脇に幅一メートルにも満たないエスカレーターがあって、カッターシャツの袖をまくった高校生がそれに自転車を乗せて自分は階段を歩いて上がっていた。そんなものを見るのは初めてだったので、思わず声も大きくなった。

「えっ、もしかして自転車用のエスカレーターですか、これ。へえ、さすが大阪だなあ。」

 素直に感動して、ぼくも高校生に倣う。ぼくのすぐ後を30代の主婦がママチャリをエスカレーターに乗せていて、振り向いたら目が合った。あきらかに吹き出すのをこらえている様子で、さっと目をそらされた。田舎者よと笑っているのを背中に感じたが、初自転車エスカレーターの感動はいささかも減じない。