ニュース日記 805 ハトがタカのまねをしているのか

 

30代フリーター やあ、ジイさん。ハト派のはずの岸田文雄がタカ派に近づいてくさまを先日の朝日新聞が報じていた(10月13日朝刊)。敵基地攻撃能力の保有にも、憲法9条改正にも前向きになった、と。

年金生活者 前者はもちろん、難題の9条改正も実行に移そうとするだろう。朝日新聞の最新の世論調査では、9条への自衛隊の明記に「賛成」が「反対」を上回り、4年前の衆院選公示後の調査とは逆になっている。これは追い風になるはずだ。

 岸田は9条改正に慎重な伝統を持つハト派の派閥・宏池会の会長だ。朝日新聞の記事によると、彼は去年9月の総裁選出馬会見では敵基地攻撃能力の保有について「専守防衛、平和憲法のとの関係において、現実的な対応ができるのかどうか、こういった観点から、しっかり議論を進めていく」と「やや慎重」な姿勢を示していた。それが、今回の総裁選の政策発表会見では「敵基地攻撃能力、これも有力な選択肢」と「前向き」な姿勢に転換した。

 また改憲についても2017年6月の講演では「今は9条改正は考えていない」と「慎重」だったのに、総裁選中の会見では「総裁としての任期中に、4項目について憲法改正の実現を目指していきたい」と、やはり「前向き」に変わった。

30代 堂々たる変節ぶりだ。

年金 理由は、政権運営に安倍晋三の協力を得る必要があるとか、党内の結束をはかるには党是の改憲を掲げなければならないとかといった目先のことだけにとどまらない。米中対立の深まりという世界史的な流れを最も大きな理由としてあげなければならない。それは両大国を中心とした諸国家による武器を使わない冷たい戦争、抑止力を競い合うバーチャルな戦争として進行している。この戦争は破壊も流血もともなわない代わりに、軍備の絶えざる更新を必要としており、敵基地攻撃能力も9条改憲もその一環として位置づけられている。

 このうち敵基地攻撃能力の保有をもし実行に移そうとすれば、それが国民に不安を与え、9条改憲に反対する世論を増やす可能性がある。2016年に集団的自衛権の限定的行使を容認する安保法制の制定を安倍政権が強行したとき、報道各社の世論調査で9条改憲への反対が増えたように。

抑止力を競う冷たい戦争、バーチャルな戦争は、かつての熱くリアルな戦争以上に軍事費を消尽し、慢性的な緊張状態をつくり出して、諸国民に経済的、心理的な負担を強い続けている。ある程度の抑止力は必要だと思っている国民も、無制限にそれが拡大することには不安を覚えるはずだ。岸田もさすがに安倍晋三のようなタカ派になるつもりはないだろう。

30代 ハトであることへのこだわりも見せている。被爆地広島出身の首相として核兵禁止条約を「重要な条約」と評価する岸田文雄が、条約に反対するアメリカやそれに追随する日本の外務省などの壁に阻まれて苦戦するさまも朝日新聞は報じている(10月17日朝刊)。

年金 核兵器禁止条約は実効性がないと指摘されながら、その理想に向かって先進国のトップを努力させる威力を備えていることを示している。

 この条約は自らの掲げる理想を現実化する効力がないという点で、わが日本国憲法9条に似ている。9条は非戦・非武装の理想を掲げながら、現実には自衛隊という武装組織の存在を許している。核兵器禁止条約もまた非核の理想を現実化する手立ても力も持たない。

 だが、9条が戦争と軍拡の歯止めになってきたことも事実だ。もしこの条項がなかったら、日本はアメリカの求めに応じてベトナムやアフガニスタン、イラクでの戦争に自衛隊を送っていたに違いない。核兵器禁止条約も核軍拡の抑制と核軍縮への機運をつくり得る力を持っていることは、岸田の振る舞い方にもあらわれている。

 そうした条約がつくられ、その前にはオバマが核大国の大統領として「核のない世界」を唱えるに至ったのは、核兵器の存在が各国の政府や国民にとって重圧になりつつあることが背景にある。核兵器は使えない兵器になって久しいのに、核抑止力を維持するために、つまり使えない兵器にし続けるために、その性能と分量の更新を絶えずしなければならない。それは経済的、心理的な負担と緊張を慢性的に強いる。だとしたら、それなしに核を使えないようにするほうが合理的だ。

30代 朝日新聞の記事によると、岸田はオバマの広島訪問を追い風に、核兵器禁止条約の交渉に加わる考えを示したが、政府内の多数意見に押されて実現しなかったという。中国が軍拡を進める中で日本が米国に核軍縮を求めたら「米国は怒り出すよ。岸田さんは鳩山由紀夫さんのようになる」と、長く核問題にかかわってきた元政府高官は冷ややかな言葉を口にしたことを記事は伝えている。

年金 鳩山は民主党政権の首相として沖縄の普天間基地の辺野古移設を阻止しようとして挫折し、民主党の下野につながる要因のひとつをつくった。もし岸田が「鳩山さんのように」なったら、彼は自らの政権と引き替えに核軍縮を前進させる歯車を回した首相として歴史に名を残すかもしれない。