ニュース日記 804 岸田新政権
30代フリーター やあ、ジイさん。岸田文雄が市場原理に忠実な新自由主義を批判し、再分配を重視する「新しい資本主義」を掲げた。
年金生活者 資本主義を擬人化した言い方をすれば、資本主義自身が「もうグローバル化ではあまりもうかりそうにないから、政府に財布のひもを緩めさせてそのカネを搾り取ろう」と考え始めたことが背景にある。
先進諸国を中心としたゼロ金利、マイナス金利の恒常化にみられるように利潤の大幅な縮小に直面している現在の資本主義は新たな利潤の源泉を求めており、その有力な候補が気候変動、パンデミック、格差の拡大といったもろもろの「危機」だ。それらに対処するために国家が再分配する富を利潤に変えようという魂胆が見える。
脱炭素に取り組む企業や、コロナ禍の中で雇用を維持する企業への政府の補助金はそのまま利潤に転化し得るし、格差の縮小をはかる社会保障政策の拡充は需要の喚起を通して利潤を生む。岸田政権の経済政策はそれをあと押しする諸施策が並んでいる。
新自由主義は規制の緩和、撤廃を利潤の源泉とすることを目指した。その最大の具体化がモノ、カネ、ヒトの国境を越えた移動の自由化、すなわちグローバル化だった。その進展は、発展途上国の労働者の賃金を上げ、国際的な格差を縮小する一方で、先進諸国の労働者の賃金を下げ、国内での格差を広げた。それは資本主義にとってはモノが売れなくなる危機を意味した。転んでもただでは起きない資本主義はその危機を新たな利潤の源泉にしようと、他の危機も抱き合わせて国家に再分配機能を発揮させることをもくろみ始めたと考えることができる。
30代 朝日新聞の世論調査では、岸田内閣の支持率は45%で、発足時の菅内閣の65%を大幅に下回った。
年金 携帯電話の値下げや最低賃金の引き上げなど、国民生活に直結する具体策を打ち出した前政権に比べると、岸田政権の掲げる「新しい資本主義」や「成長と分配の好循環」は抽象的で、頼りなく映ったのではないか。国民は長期にわたる経済の停滞に倦み、それを打ち破る政策を望んでいたのに、期待外れと感じたに違いない。
長期停滞を端的に示しているのが物価の低迷だ。2年で達成すると日銀が宣言していた2%のインフレ目標は8年半たった今も達成の見通しが立っていない。
物価が上がらないのは需要が不足しているからだ。不足の要因のひとつは消費者の欲しいものが少ないことにある。高度経済成長を経たあとの現在の家計消費は必需的消費と選択的消費がほぼ半々になっている。欲しいものが少ないということは、選択的消費の対象になるものが少ないということだ。言い換えれば人びとを引きつける新しいモノやサービスが乏しいということでもある。
このことは企業が新しい商品を開発するためのイノベーションに熱心でないことを示している。その要因のひとつとして、イノベーションをしなくてももうかる構造ができてしまったことがあげられる。2%のインフレ目標を達成するために日銀が続けてきたゼロあるいはマイナス金利政策は円安を誘導し、自動車をはじめとしたグローバル企業にとって輸出がしやすくなった。それらの企業はイノベーションに手を抜いても利益をあげられるようになった。
つまりアベノミクスの3本の矢、すなわち大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略のうち、3本目の成長戦略が的を射ることはなかった。的を射抜くようにするには企業のイノベーションを促すしかない。それには規制をゆるめ、競争を促す必要がある。それは岸田政権が決別を宣言した新自由主義的な政策であり、実行されることはないだろう。
30代 岸田政権は「経済安全保障」担当の国務大臣を新設し、当選3回の若手を起用した。衆院選の公約では「経済安全保障」の強化をはかる法整備を掲げている。
年金 かつて破壊と流血をともなう熱い戦争によって繰り広げられた資源や資本の争奪を、破壊も流血もともなわない「経済戦争」によって実行するためだ。
それは戦争の新たなカテゴリーの誕生を意味する。世界の戦争の本流は東西冷戦を境に熱い戦争、リアルな戦争から、抑止力を競う冷たい戦争、バーチャルな戦争に移った。「経済安全保障」と名づけられた新しい戦争はそのどちらにも属さない。あるいはどちらにも部分的に属している。破壊も流血もともなわないという意味では冷たい戦争だが、敵の経済力を略奪あるいは破壊する点ではリアルな戦争であり、「第3の戦争」と呼ぶこともできる。
産業のソフト化が進展した現在は、資源も資本も目に見えないシステムを介してしか利用することができない。ハードな産業である製造業が経済を牽引していた第2次世界大戦の時代は、ソフト化はそこまで進んでいなかった。だから、破壊と流血という目に見える方法でそれらを奪い取ったり、破壊したりすることが大量にできた。現在はそれをすると利益よりも損失が上回る。そのため「経済安全保障」という名の戦争が世界の戦争のトレンドのひとつとなりつつある。