ニュース日記 783 バイデンのアジア外交

30代フリーター やあ、ジイさん。バイデン政権は前政権の対北朝鮮政策を見直して「北朝鮮に対価を与えながら、段階的に非核化を目指す形に転換するとみられる」と報じられている(5月2日朝日新聞朝刊)。

年金生活者 完全な非核化はたとえ金正恩が確約したとしても、イラクのように軍事占領でもしない限り検証のしようがない。バイデンが狙っているのは北朝鮮との事実上の核の共同管理だ。

 それは「戦略的忍耐」の名のもとに北朝鮮の核を事実上「野放し」にしたオバマ政権の方針より朝鮮半島の緊張緩和に寄与するはずだ。その路線の地ならしをしたのがトランプだ。

 経済制裁を科して北朝鮮が非核化に踏み出すのを待つだけだったオバマ政権とは対照的に、トランプは金正恩と直取引をして「即時完全な非核化」を目指した。急ぎ過ぎてその後の交渉は停滞したが、米朝首脳の共同声明は事実上の朝鮮戦争終結宣言に等しく、バイデン政権の目指す北朝鮮政策を可能にする条件のひとつを用意した。

 「対価を与えながら、段階的に非核化を目指す」やり方は長期にわたることが目に見えており、「完全な非核化」の見通しは立てようがない。しかし、その交渉自体が北朝鮮の核をコントロールする機能を持つ。

30代 それだとアメリカは北朝鮮を核保有国と認めることになり、核不拡散条約に反するだろう。

年金 米国防総省の高官が朝日新聞のインタビューに答えて核兵器予算の削減を示唆したと報じられている(4月10日朝刊)。また国務省の高官は核兵器禁止条約について「正しい道だとは考えないが、目標が同じなので理解はできる」とインタビューに答えている(同)。

 このことから推定できるのは、世界の核の管理の仕方を定めた核不拡散条約の不平等性をアメリカ自身が認めているということだ。その不平等性が北朝鮮の核開発を誘うなど、核をめぐる情勢を不安定にしていることを懸念し、だから北朝鮮とも現実に合った交渉を進めるしかないと判断していると推察される。

30代 バイデンは初の施政方針演説で、中国との競争に勝つとの決意を示した、と報じられている(4月30日朝日新聞朝刊)。

年金 中国に勝たなければ、アメリカの直面する課題を解決できないという前任のトランプの問題意識を引きついだ演説となった。

 中国のからむ課題はおもに3つあり、いずれも台頭の著しい3種の権力の問題として存在している。そのひとつは世界に緊張をもたらしている「地域権力」としての中国にどう対抗するかだ。バイデンは演説で「私は習主席に、ヨーロッパでわれわれがNATOを通じて行っていることと同じように、インド太平洋においても紛争を防ぐために強力な軍事的プレゼンスを維持することを伝えた」と強調している。

 もうひとつの課題は、今後も起こり得るパンデミックへの対処だ。アメリカが長期にわたって苦しんだ新型コロナウイルスを中国は比較的早く抑え込み、曲がりなりとはいえひとつのモデルを示した。

 民主制より独裁制が優れていると受け取られることへの危機感が「就任後100日で1億回分の新型コロナウイルスワクチンの接種を約束したが、100日間での接種は2億2000万回以上にのぼるだろう」という実績を誇示する演説となってあらわれている。製薬業界をはじめとした医療業界が「医療権力」と呼び得るほど強大化した現在、それをコントロールし得た「政治権力」の勝利宣言でもある。

30代 さらにもうひとつは?

年金 GAFAなどプラットフォーマーが「サイバー権力」と化した現実にどう対処するかだ。中国は国内を拠点とするプラットフォーマーのインフラを乗っ取って、世界初のデジタル通貨「デジタル人民元」の導入をもくろんでいる。マルクス・ガブリエルはプラットフォーマーを「新しい全体主義」と呼んでおり、これに中国の「古い全体主義」が覆いかぶさる未来が見え始めている。

 それに対抗するバイデンの演説は「数十年前、アメリカはGDPの2%を研究開発に投資していたが、いまは1%にも満たない。中国やほかの国々が急速に差を縮めている」と危機感をあらわにし、「私たちは、先端的な電池やバイオテクノロジー、コンピューターチップ、クリーンエネルギーといった将来のための製品や技術を発展させ、優位に立たなければならない」と、ITの基盤となるハードな技術の開発を目指すことを宣言している。

30代 中国への厳しい姿勢にくらべると、北朝鮮に甘いんじゃないか。

年金 北朝鮮は小国だからというだけでなく、この国にアメを与えてアメリカ寄りにすれば、隣接する中国は南側の防波堤を失うから、アメリカに決定的に有利になる。それを長期的には狙っているのだろう。

30代 その中国に対して「安全保障上の強い懸念」を表明する外交青書を日本の外務省は出した。

年金 アメリカや欧州諸国が中国への締めつけ強めるなかで、尖閣諸島の領有権を主張する中国に対し「習近平みんなで吠えればコワくない」とばかり、恐るおそる非難を強める、理念なき日本外交の姿をそこに見ることができる。