専業ババ奮闘記その2 送り迎え②

 寛大、実歩の送り迎えをし出して一週間、積雪の日も何とか乗り切った。

 その日は、娘が市役所に行く用事があるというので、朝から駆り出される。早朝から忙しかった。義母の身の回りの世話をし、散髪までしたのだ。二年前までは、デイサービスに理髪店が出張散髪に来られ、予約してやってもらっていたのだが、制度が変わったのかそういうことができなくなったとのこと。息子の散髪をスキカルでやっているので、「私でよかったら、やりましょうか」と聞くと、「やってくれる」と言われる。以来義母の散髪もするようになった。夫まで、「切ってくれる」と言い出し、自分も含めて我が家の散髪は、「バーバーこわた」で行っている。「お母さんの髪も切ってあげたかね」と、はさみを入れている私に義母が聞く。「いやあ、母は早くに亡くなったから」と、何度か繰り返された会話をする。散髪の後片付けを終え、デイサービスの送りは夫に任せ、玉湯に出かけた。

 玉湯の家の玄関を入ると、ちょうど授乳中だった。授乳を終え、宗矢も車に乗せ、寛大と実歩を保育所に送る。宗矢を抱いて保育所に入ると、先生たちが寄ってきて、「ああ、寛ちゃんだ」「寛ちゃんにそっくり」と口々に言った。

 その後、市役所へ。「三十分くらいで済むと思う」と娘が言うので、車の中で宗矢と待つ。今のところ眠ってくれている。次の授乳までは大分間があるから、お腹がすいて泣くことはないだろうと思いながら抱いているが、時の経つのがこんなにも遅いのか。ふと見ると、宗矢の額に汗が浮いている。汗が冷えて風邪でもひかせたら大変。ポケットからハンカチを出して拭いてやる。三十分過ぎても、娘はまだ現れない。目覚めた宗矢をあやしながら、窓の外を見るが、出てくる人たちは見知らぬ人ばかり。一時間が過ぎ、さらに十分経過し、ようやく娘が車に近づいてきた。帰りには、M医院によって忠ちゃんの診断書を受け取り、玉湯に帰り、私の役割は終わり。

 そうして、週末を迎え、筑前煮、シチュー、サラダを作って孫たちを迎えた。一日置いた休日は寛大、実歩とパン作り。生地をこねて叩くところからやらせた。宗矢はどんどん膨らんでいく。顔の大きさは実歩と同じくらいになっている。