ニュース日記 778 世界はバーチャルへ

30代フリーター やあ、ジイさん。NTTによる総務官僚らへの高額接待問題は東北新社の場合より大きい闇が感じられる。

年金生活者 「サイバー権力」として成長しつつある大手IT企業と、それをコントロールしようとする「国家権力」とのせめぎ合いの過程で発生した問題ととらえることができる。

 「サイバー権力」とは私が勝手に名づけたもので、GAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)などに代表される巨大IT企業がネット上での取引などのプラットフォームを提供する見返りとして膨大な利用者の情報を手にし、それによって個人の行動を追跡、誘導、制御する力を指す。

 GAFAなどが国家を超えるグローバルな権力と化しているのに対し、NTTはまだ日本ローカルにとどまっている。それでも、携帯電話分野で寡占企業のひとつに成長し、「サイバー権力」と呼び得る存在となっている。

30代 デジタル庁の新設を目指す菅政権はその「サイバー権力」をかなり警戒しているように見える。

年金 携帯電話料金の値下げ圧力を強めたのも「サイバー権力」に対する「国家権力」の巻き返しの一環と見ることができる。総務官僚はそうした「サイバー権力」とのせめぎ合いの最前線に立つ存在であり、どんな手段を使ってでも任務を遂行しなければならない。接待は「サイバー権力」の側からの応戦のひとつにほかならない。

 国家は歴史上さまざまなインフラを整備することによって権力を維持してきた。古代中国の専制国家は農業用の大規模な灌漑工事をやったし、戦後日本の民主国家は高度経済成長をあと押しする交通網や通信網を整備した。

 それと同様に巨大IT企業はネット上での通信や取引などを可能にするプラットフォームという名のインフラを整備することによって諸個人、諸集団をコントロールしている。「国家権力」がリアルな国土の上でそれをするのに対し、「サイバー権力」はバーチャルな空間で同様のことをしている。

30代 政権が新しい売りにしようとしている「脱炭素」「カーボンニュートラル」はリアルな課題だ。

年金 その推進はモノをつくる産業をいま以上に衰退させ、モノをつくらない産業を拡大するだろう。

 モノをつくるのに要する1次エネルギーの大半は化石燃料で占められている。「脱炭素」「カーボンニュートラル」の実現にはエネルギー消費全体を抑えざるをえない。そのためにはモノづくり産業を減らし、代わりにエネルギーをあまり使わない産業、とりわけITを中心とした産業を増やす必要がある。それは「産業のソフト化」を通り越した「産業のバーチャル化」と呼ぶことができる。

 経済学者の池田信夫は、日本自動車工業会会長の豊田章男(トヨタ自動車社長)が記者会見で、今のまま2050年カーボンニュートラルが実施されると国内で自動車が生産できなくなる、と指摘したことをとりあげ、このままだとトヨタは日本から出て行き、日本の製造業が消える日が来ると書いている(「トヨタは日本から出て行くのか」、アゴラ、3月13日)

 もともと資本主義はモノをつくる産業からつくらない産業へとその牽引車を替えてきた。その結果、エネルギー消費量が減少に転じていることを池田が指摘している。IT産業の急成長で資本主義の「脱物質化」が加速し、日本では2000年代前半にエネルギー消費はピークアウトした、と(「資本主義の『脱物質化』で人類の未来は明るい」、アゴラ、1月1日)

 この先、「脱炭素」「カーボンニュートラル」が進んでも、地球の温度は体に感じられるほど下がることはないが、世界の産業の様相は目に見えて変わるだろう。それは人びとの生活の利便性が増すことを意味する。

30代 世界はバーチャルへ、というわけか。

年金 インターネットはリアルな社会の諸機能を代替することによって、バーチャルな空間にリアルな社会をモデルにしたもうひとつの社会をつくりあげた。さらにそれだけにとどまらず、リアルな社会そのもののインターネット化、バーチャル化を進めつつある。

 インターネットが代替しているリアルな社会の諸機能の代表的なものは、通信のほか動画やテキストの配信など諸々のサービスの生産・流通やその決済だ。つまりリアルな空間でなくても可能なものだ。これに対し、モノの生産・流通はバーチャルな空間ではできない。売買にともなう決済ができるくらいだ。その限界を超えようとしているのが、IoT(モノのインターネット)だ。これが3Dプリンターと接続されると、インターネットのシステムの内部でモノの生産・流通ができるようになる。バーチャルな空間でリアルなモノの生産・流通が可能になるということだ。それはリアルな空間がバーチャル化することを意味する。

 言葉は現実の諸事物を代替することによって、もうひとつの現実世界をつくった。それだけではない。現実を言葉のネットワークで覆いつくし、現実を言葉化した。人間は言葉なしには生理的な動作すら満足にできなくなった。いまその過程をインターネットが反復している。