がらがら橋日記 告発状

 退職日が近づいてくると、銀行や保険会社が訪ねてくるのは、先輩教員たちを見ていて年中行事のように思っていた。煩わしかろうなと思っていたのだが、自分の番になってみるとそうでもない。もっともコロナの影響か、自分の不徳のいたすところか、訪ねてくる人もそれほどないし、たいていは資料の入った封筒を渡してそそくさと帰って行く。営業の人たちにとってもこの時期の重荷なのかもしれないと思うと、わざわざ来てもらったのだから冗談の一つでも言ってリラックスしてもらおうかなどと考える。

 ポツリポツリとセールスに対するようになったころ、匿名の封書が学校宛てに届いた。

「怪しいです。」

 事務員さんにそう手渡されて、またクレームかと警戒して読み始めると、先輩退職教員からの苦渋に満ちた失敗談だった。裏表印刷のコピーで添え書きもないので、相当数送ったにちがいない。中身は、金融機関のセールストークに乗せられるまま購入した商品の値が下がって大損したというものだった。事細かに、保険名、購入価格、売却額、損失額すべて記載してある。加えて、営業マンの説明要旨、説明書の記載内容などを挙げ、いかにうまい話に仕立て上げられていて、リスクについては注意を向けないように仕向けられていたか詳述してあり、冷静を装ってはあっても激した感情が伝わってくる。大手金融機関であろうと、顧客の利益よりも自分たちの手数料収入を優先し、欺しにかかるのだと、吐き捨てるように書かれていた。相談も抗議もしたようだが、合法的な取引なのだから相手にされるわけもない。怒りの持って行き場を失った当人の思いついたのが、告発状を各校退職予定者宛に郵送することだったのである。どれだけの学校が受け取っているものかわからないが、市内に限ってもけっこうな経費がかかるだろうに、それを無駄とは思えないらしい。

「私たち教職員は、資産運用など学ぶ機会もないまま退職を迎えます。欺されて大切な退職金を失わないようご注意ください。」

 あえて義憤に昇華して、勇気がいっただろう行為に及んだこと、同職者として人物像が浮かんでくるだけに何やら痛々しい。

「早く事の大いにあやまるを知らば 恨むらくは 十年読まざるを」

 蘇軾の詩にある、十年読書できなくなるあやまりがこの匿名の手紙で軽減するか、はたまた無知と独善に気づいて延長することになるか、可能ならば先輩の後日談に学びたく思う。