がらがら橋日記 職員室の風景③
クロというのは、ぼくと二軒隣の同級生Y君が付けた名前だ。全身真っ黒でどこにもまじり毛がないので、これ以外の名前はあり得なかった。首輪をしているから飼われていたには違いないが、現れて以来、何日たっても誰も引き取りには来なかった。
学校から帰ると、Y君といっしょにクロを追いかけ回したりして遊んだ。クロは吠えかかることもせず、挑発するようなそぶりも見せたので、子どもにとっては格好の遊び相手だった。
遊び仲間を見つけてしまったことがクロを大胆にしてしまったのかもしれない。どこで寝ているのか分からなかったが、頻繁に近所の家々に出入りするようになり、庭を掘り返したり、追われて鉢物をひっくり返したりした。大人たちは腹立たしく思っていたが、クロは、若くすばしっこく、手を拱いていた。
野良犬は保健所に連れて行けば引き取ってくれることをY君もぼくも知っていた。ここはぼくたちで連れて行くしかない、クロがついてくるとしたらぼくたちしかいないし、みんな困っているから。二人でそう話し合った。
Y君が家から持ち出したパンを見せると、クロは近づいてきた。難なく首輪をつかんで縄を結んだ。ひっぱると、抵抗もせずに付いてくる。自分が先になったり後になったりしながらY君とぼくといっしょに歩いた。遊び相手のままで。
保健所に着いた。野良犬を連れてきたことを告げると、白衣を着た男の職員が出てきて何やら言い、促された方へ行くと鉄格子の檻が見えた。ポケットから出した鍵束で職員が扉を開けた。金属の擦れる大きな音がした。
縄を檻の方へ引っ張ると、クロはなぜかすんなりと中へ入った。職員が再び扉を閉め鍵をかけた。はしゃいでいるようにも見えたクロだったが、急に物静かになって、ゆっくりとこちらに体を向けて座り、ぼくたちの方を見た。ぼくは、息をのんだ。その目に浮かんだ底の抜けてしまったような怯えがぼくを貫いた。
帰り道、Y君もぼくも押し黙ったままだった。
「一畑パークのライオンの餌にされるんだと。」
Y君がどこから聞いてきたのか、そんなことをつぶやいた。
最後に見たクロの目は、その後も度々浮かんでぼくを苦しめたが、だんだん間遠になり、そのうちめったに思い出すことはなくなった。でも、また何十年ぶりかで思い出した。あれと同じ目をまた見ることになりはしないか、そんな不安が、ある子について話し合っていたとき、急によぎったのだった。