ニュース日記 751 コロナの心理学

30代フリーター やあ、ジイさん。新型コロナウイルスの直撃を受けた今年4~6月期のGDPは年率換算で27・8%減と、戦後最悪の落ち込みとなった。

年金生活者 経済学者の池田信夫は政府が安全宣言すれば経済は回復するとして、次のようにツイートしている。「日本の経済危機の原因は過剰な自粛や接触制限。これをやめれば経済は回復する。そのために必要なのは、政府が安全宣言して自粛から撤退すること。それによって感染は増えるだろうが、命は失われない。『金か命か』というトレードオフは存在しないのだ」。この指摘はそれ自体としてはほぼ正解に近いように見える。

30代 政府の安全宣言など信じる国民がどれだけいるか。

年金 東洋経済オンラインが厚労省の報道発表資料をグラフ化したサイトによると、緊急事態宣言が出されてからいったん減っていた1日当たりの検査陽性者数は、6月下旬ごろから再び増え始め、8月7日には過去最多の1595人に達した。今は数百人に減っているが、それでも、最初のピークだった4月10日の708人と同レベルの数だ。ただし、陽性者数が春より増えたのは感染の拡大よりも検査件数の増加や検査の感度の向上などの要因が大きいと考えられる。
 一方、死亡者数はいま多くて1日10人台で、ピークだった5月8日の49人比べると4分の1程度だ。陽性者数は全感染者数ではないのに対し、死者数はほぼ全死者数と見ていいはずだから、感染の拡大ないし縮小のトレンドをつかむには後者を見るほうがより正確だ。死者が減っているということは、感染が下火に向かっているということにほかならない。それに、日本の人口当たりの死者数は欧米に比べると最大ふたけた少ない。この少なさはアジア諸国に共通した特徴だ。原因は解明されていないが、流行当初から変わっていない。
 だから、死者がこれから急増する可能性はほとんど考えられない。現在の累計1200人超を大幅に上回る事態はまずないと予測できる。たとえば2018年のインフルエンザの年間死者数は厚労省の資料では約3300人だから、新型コロナの怖さはインフルエンザ並みと考えて大きく外れることはない。

30代 だからといって、ワクチンも治療薬もないのに、安心できるわけがない。

年金 新型コロナの死者は少ないと聞かされても、その少ない死者の中に自分が入らないとは限らない。上位当選はまずないとわかっていても宝くじを買ってしまうような心理が働く。
 もしいま政府が安全宣言をしたとしても、国民は自粛を大幅に緩めることはないだろう。GoToトラベルキャンペーンがあまり盛り上がっていないことがそれを予感させる。国民が新型コロナをインフルエンザ並みとみなし、生活を流行前に近いところまで戻すには、少なくともワクチンと治療薬という安全網、安心網ができていることが条件となるだろう。

30代 日本人がマスクをする動機は「人が着けているから」というのが圧倒的に多いことが、社会心理学者らのチームの調査で分かった、と報じられていた(8月11日日本経済新聞電子版)。

年金 私がマスクをする理由も同じだから、うなずける調査結果だ。
 同じ社会心理学者で池田謙一という同志社大学の教授が、英国の世論調査会社「ユーガブ」の調査結果をもとに「日本人の感染回避行動が他国の人びとより上回るのは、マスク着用率のみである」と書いている(「バーチャル共感が『統治の不安』を克服する」、『Voice』9月号)。「手洗いの励行率も世界平均より低い」とし、「緊急事態宣言の全面解除時に首相が誇った『日本モデルの力』の背後の衛生意識は、この程度であった」と指摘している(同)。
 マスクの着用率だけが他国を上回っているのは、手洗いや「3密」回避と言った行動に比べて人目につきやすからだろう。つまり新型コロナへの対処を何から何まで他人に合わせているのではなく、人目にさらされることに限って周りに同調していると言えそうだ。

30代 コロナをあまり怖がっていないということか。

年金 池田は同じユーガブの調査結果を引いて「他国に比べ、日本国民が抱く感染への恐怖は異様に高い」と述べている(同)。「同調査データにおいて、日本国民は政府のコロナ対応について世界“最低”水準の評価をつけていた」とも指摘しており、政府への不信が恐怖を増幅していることがうかがえる。
 それなのに、マスク着用以外は感染予防に諸外国ほど熱心でないのはなぜか。他国の人たちに比べて、コロナそのものへの恐怖は小さいが、隔離や感染者への非難を恐れる気持ちは大きく、両方の恐怖を足し合わせると、他国を上回ってしまうと解釈することができる。これは私自身の実感とも一致する。
 このことから推定できるのは、国民の多くは人目につかないところではそれほど「自粛」はしていなくて、政府の呼びかけた「人との接触8割削減」はとうてい達成されかなかっただろうということだ。その結果、日本のGDPの落ち込み幅は、ロックダウンしたスペインやイギリスなどに比べて小さかった。