ニュース日記 736 パンデミックが変えるもの

30代フリーター やあ、ジイさん。新型コロナウイルス後の世界についてイアン・ブレマーというアメリカの国際政治学者が朝日新聞で「経済活動は世界に広がるグローバル展開から、消費者に近いローカルなものに移行するでしょう」と語っていた(4月27日朝刊)。

年金生活者 「ローカル」という言葉がグローバル化の後退ではなく、さらなる進展を表す言葉として使われている。
 これまでグローバル化とはモノ、カネ、ヒト、情報が国境を越えて大規模に移動することとされてきた。だが、ひと口に「移動」といっても一様ではない。モノとヒトの移動はカネや情報にくらべ格段に手間がかかる。できれば移動なしで済ませたい。パンデミックによる移動制限はその必要性を一気に高めた。
 それを現実のものにする可能性を広げているのが、AIやIoT(モノのインターネット)、3Dプリンターなどの発達に支えられた第4次産業革命だ。たとえばIoTと3Dプリンターを組み入れたネットワークができれば、モノやヒトの移動なしに、消費者は居ながらにして欲しいものを手にすることができる。それは移動を必須とする場所の制約を免れている点で、より進化したグローバル化といえる。

30代 ブレマーはその第4次産業革命がコロナ後に「一気に到来します」と言い、「今までとは全く違う世界」を予言している。

年金 そう言いたくなる気持ちは私も同じだ。災厄を革命への助走と考えれば、いま強いられているきつさがいくぶんか和らぐように思えるからだ。
 だが、パンデミックが終わったとき、人びとが真っ先にしたがるのは元の暮らしに戻ることであることも確かだ。それは「一気に到来」にブレーキをかけ、「全く違う世界」への飛躍を阻むはずだ。言い換えれば、「一気に」ではなく「徐々に」、「全く」ではなく「いくぶんか」違う世界が到来するだろう。ただ、そのあとまた新たな未知のウイルスが襲来すれば、「一気に」と「全く」に近い事態が出来するかもしれない。

30代 移動しなくて済むといえば、いまテレワークが広がっている。

年金 テレワークは、興隆期の資本主義、言い換えれば産業資本主義が強いた職住の分離を解体し、両者を再結合する作用をしている。職住の分離を空間的な分離とすれば、労働と余暇の分離は時間的な分離と言うことができる。産業資本主義は労働者を一個所に集め、一斉に一定時間拘束することで成り立った。テレワークはそうした時間的な分離も崩しつつある。
 それを可能にしているのは、ITの進歩であり、資本主義の高度化、より具体的に言えば消費の過剰化、産業のソフト化、資本のグローバル化だ。テレワークによって生産される商品の中にはかなりの割合で過剰な消費、すなわち選択的消費の対象が含まれており、それらはソフト化した産業構造に支えられ、さらにその構造が資本のグローバル化に支えられている。
 これら三様の変化はいずれも分離から再結合への流れを加速している。消費の過剰化とそれに見合った産業のソフト化は、生産と消費の分離をあいまいにしつつある。従来のモノ消費に加えてコト消費が広がっているのはその象徴だ。コト消費は自身の体験の消費である点で生産でもある。3Dプリンターによって消費者がそのまま生産者になる未来を予測する専門家もいる。

30代 他方で社会の分断も進んでいる。

年金 資本のグローバル化で国境による分離にほころびが生じ、足もとが揺らいでいる国家は、これまで強固と見られていた政治と社会の分離の揺らぎにも当面している。この分離もまた産業資本主義が必要としたものだ。
 自由とは名ばかりで飢える自由しか持たない労働者を大量に動員するには、地上の不自由を覆い隠す天上の自由が必要だった。地上とは社会であり、天上とは政治を指す。今その両者の間の障壁が、資本主義の高度化にともなう国家から個人への権力の分散によって揺らぎだしている。
 社会の分断はそのあらわれにほかならない。分断のもとになっているイデオロギーの対立は、もとは政治の領域に限られていた。それが社会の領域にまで広がり出した。そこにも政治と社会の境界の不明瞭化を見ることができる。

30代 新型コロナの影響で原油の先物価格が史上初めてマイナスになったと報じられていた。

年金 富の稀少性の縮減が産業の土台部分で進んでいることをそれは示している。
 人類史を支配してきた富の稀少性は、資本主義の高度化とテクノロジーの発達によって加速度的に縮減しつつある。それはまずインターネット上でのもろもろのサービスの低価格化、無料化となってあらわれ、それがリアルな世界に波及しつつある。
 エネルギーはリアルな世界を支える基礎であり、それによってバーチャルな世界も支えられている。原油のマイナス価格はその基礎中の基礎が一時的に稀少性を失い、過剰性に転じたことを示している。それは世界が長期のトレンドとして「脱石油」に向かいつつあること、ただし、産業の停滞によってではなく、発展によってそこに向かっていることを告げている。