ニュース日記 1003 自民圧勝は資本主義の意志だ

30代フリーター 衆院選で自民党は結党以来最多の議席を獲得し、他を圧倒した。

年金生活者 次の段階に移行しようとしている資本主義の意志のあらわれをそこに見ことができる。高市人気をレバレッジとして、実力をはるかに上回る議席を手にした自民党は、その意志にこたえようとしている。

 資本主義が移行しようとしている次の段階とは、新たなバージョンの商業資本主義であり、高市政権の「積極財政」はそれをあと押しする「ネオ重商主義」にほかならない。それをひとことで言えば軍事と経済の結合の強化だ。

 かつての西欧の絶対王政国家は、兵器や軍事技術、航海術の開発によって常備軍を強化するとともに、その力による航路の開拓を進め、植民地貿易、遠隔地貿易のインフラを構築した。それは「重商主義」と呼ばれ、商業資本主義の発展をあと押しした。

 高市政権の「ネオ重商主義」は、AI・半導体、造船、量子コンピュータ―、核融合、創薬、バイオ、航空、宇宙などへの投資を進めることによって、防衛力を強化すると同時に、資本主義の次の段階となる新バージョンの商業資本主義に必要な新たな産業インフラの構築を進めようとしている。

30代 「積極財政」はインフレをエスカレートさせるとの批判が多い。

年金 インフレには国の借金の多くをそれと気づかせずに踏み倒す「インフレ税」と呼ばれる効果がある。同時に円安を招くので、輸出で稼ぐ大企業を潤わせる。政権にとっては、財政破綻を回避し、自民党の主要な支持基盤である大企業を喜ばせる一石二鳥の効果がある。「積極財政」は高市政権には必須の政策だ。

だが、国民のほうは物価高だけでなく、知らない間に行われる事実上の増税に苦しめられる。高市フィーバーは、そんな「積極財政」を国民に受け入れさせるために、資本主義が演出した壮大なイリュージョンにさえ見える。

30代 中道改革連合の惨敗を「自滅」と評する指摘が多い。

年金 中道の敗因はその党名に象徴される。有権者が「中道」という言葉から受ける印象は、右と左の中間というイメージだろう。つまりこの党は右と左を両端にしたイデオロギーの物差しで政治をとらえている。それが多くの有権者から拒否された。「大事なのは考えの左右じゃなくて、生活の上下だろう」と。

30代 中道の敗因のひとつに、立憲民主党の支持層が離れたことがあげられている。朝日新聞の出口調査では、昨夏の参院選で立憲に投票した有権者のうち今回の衆院選で中道に投票したのは63%にとどまる。公明党に投票した有権者の74%が中道に投票したのに比べると、立憲支持層の中に中道への忌避感があることがうかがわれる。

 その主な理由を立憲の基本政策の転換に帰する見方がある。これまで立憲は安保法制の違憲部分の廃止や「原発ゼロ」を主張していたのに、新党結成に際し公明の主張を丸呑みして、安保法制を合憲とし、「原発ゼロ」の表現をやめた。

年金 もしそれが立憲支持層の中道離れの主因だとすれば、安保法制廃止、原発廃止を主張する共産党やれいわ新選組、社民党がその受け皿となり、票を伸ばしていいはずだが、結果は逆だった。朝日新聞の出口調査では、参院選で立憲に投票した有権者のうち共産、れいわ、社民に投票したのはあわせて9%に過ぎず、この3党はいずれも議席を大幅に減らすか議席ゼロだった。

 これに対し、参院選で立憲に投票した有権者のうち、同党より右寄りの自民、日本維新の会、国民民主党、参政党に投票した有権者の比率を合わせると、22%になる。

 立憲と公明は右に行き過ぎた高市政権に対抗する新党として中道を結成した。つまりその出発点はイデオロギーにあり、「生活者ファースト」はあとづけのスローガンだった。イデオロギーをもとにした政治は右であれ、左であれ、中間であれ、一般国民に対して「これが正しいのだ」という上から目線になりやすい。中道に合流した立憲にもそれがあった。

 その源流は左のイデオロギーにある。旧民主党はかつての日本社会党の議員らが合流して大きくなった。社会党が掲げた社会主義はその思想をさかのぼればレーニンに行き着く。レーニンの考え方は知識人でつくる前衛党が労働者や農民を指導しないと、革命はできないという、「超」がつくほどの上から目線で成り立っていた。その残滓が立憲にもあり、それが中道に持ち込まれた結果、一見そうとは見えないイデオロギー政党が誕生した。

 2017年に希望の党の結成から「排除」されて、立憲民主党を立ち上げた枝野幸男は結党記者会見で「対立軸は左か右かではなく、あくまでも上からか下からかだ。上からの民主主義、強い者からの経済政策が限界に達し、弊害が大きくなってきている。草の根からの民主主義でなければいけない」と訴えた。それが衆院選で希望の党を上回る議席を獲得する力となった。

 これに対し、希望の党は安保法制の容認を入党の条件にした。その「排除の論理」に「イデオロギーファースト」の臭いをかぎ取った有権者は多かったはずだ。それなのに、中道はその轍を踏んだ。