座付の雑記 29 蹴上がり

 朝の運動歴およそ30年になる。ほとんど我流で、思いつきで内容や順番を決めているので、科学的に見ればずいぶんトンチンカンなことをしているのかもしれない。懇切丁寧に手引きしてくれる本やら動画やら世に数多あることは重々承知しているが、そういうものに学ぶ気がなく、たまたま見たり聞いたりした運動に手を出してみては、続かなかったり続いたりで今日に至る。むだな回り道ばかりしている気もするが、それなりに自分に合っているから続いているのだと思う。

 前のアパートには8年暮らし、その間に縁あってランニングの手ほどきを受けた。始めてしばらくの間はおもしろいように記録が伸びるので、それが動機づけとなり、生まれて初めて走るのがおもしろくなった。ところが4年目5年目となると、だんだんとめんどうになってきた。天気が悪いのを幸いに4,5日も走らないでいると、体がなまっているのがわかる。それを悔いるがいやさに、えいやっと起き出して何とか走るのだが、最小努力で現状維持に努めるのが精一杯という状態になってしまった。

 昨年4月に転居してからは、意外なことに走るのが苦痛でなくなった。走る気がなくなった原因は何であるかあれこれ考えていたのに、何のことはない、ランニングコースにすっかり飽きていたのだった。実は変化を欲していた、ということらしい。

 いろいろコースを試しているうちに、近くの公民館の敷地内に鉄棒があるのを見つけた。夜明け前で人通りもほとんどなく、じいさんが鉄棒にぶら下がっていたところでだれにも気づかれまいと思ったら、やってみたくなった。逆上がりを試みたらどうにかできたが、体を鉄棒上で起こすことがままならない。ここまで背筋が弱ってしまったか、と情けなくなり、毎日の運動に加えることにした。くるっと遠心力を使って上下逆さまになるからか、鉄棒をすると内臓の偏りが矯正されるようでまことに具合がいい。そのうち体を起こすことも難なくできるようになった。この間は犬を散歩させていたおばあさんにほめられた。

「私も子どものころは得意だったんですけどねえ」

 だれに見せるのでもなく、できなくても一向にかまわない、内臓が喜んでいる、という状況に気を良くして、しばらく前から蹴上がりの練習を始めた。若いころちょっとだけできた。今は、笑ってしまうほど体が持ち上がらない。この様子だと5年経っても10年経ってもこのままかもしれないが、できそうにもないことをただただ地道にやって、やっぱりできないという結果も一つは持っておきたい。