ニュース日記 996 中国はどこへ向かうか

30代フリーター 近藤大介という中国ウオッチャーのジャーナリストが、10月に釜山であった米中首脳会談を「習近平が初めてトランプに勝った会談」と動画で論評していた。

年金生活者 台頭する「帝国」である中国と、縮小する「帝国」となったアメリカの勢いの差を言い表している。11月24日にあった両首脳の電話会談は、中国側の発表によると、トランプが「アメリカは台湾問題が中国にとって重要であることを理解している」と述べたという。これは台湾への関与をアメリカが弱めていくことを表明したに等しい。

30代 中国は台湾問題を「核心中の核心」と位置づける。

年金 それが「帝国」としての発展に欠かせないからだ。「帝国」の特徴は域内に多様な勢力を抱えているところにある。中央の権力はそれらの勢力から制約を受けるので、それによって削がれた力を補うために、域外に服属国を持ち、それらの忠誠をつっかえ棒にして域内を統治する。「帝国」としての中国にとって、台湾はそうした服属国に相当する存在と考えられている。

 トランプの発言は事実上そのことを容認したことを意味する。覇権国家、すなわち「世界帝国」だったときのアメリカにとって、西側諸国は自らの服属国であり、台湾もそのひとつと位置づけられていた。しかし、「世界帝国」の座からずり落ち、「地域帝国」へと後退しつつある現在、それらの服属国を抱えきれなくなっている。トランプの「米国第一主義」はその表明にほかならない。

30代 台湾の最大野党・国民党の主席に「超親中派」と言われる鄭麗文が選ばれた。

年金 近藤大介によると、鄭麗文は「(台湾総統の)頼清徳はアジアのゼレンスキーになろうとしているのか?」と言ったそうだ。ウクライナがロシアを挑発して呼び寄せたように、中国に反対ばかりしていると、中国が本当に攻めてくるぞと言っている、と近藤は解説している。台湾の世論が少し変化し始めていることを示していると考えることができる。

台湾民意基金会の10月の世論調査によると、20歳以上の台湾人のうち、44・3%が台湾独立を、24・6%が現状維持を、13・9%が両岸統一をそれぞれ支持している。これを去年12月の調査に比べると、独立派が7・5ポイント減少したのに対し、現状維持派は0・4ポイント、統一派は0・6ポイントそれぞれ増加している。

台湾の世論の大勢は依然として「反中的」だが、「親中的」な世論も少しずつ広がり始めていることを調査結果は示している。中国の強大化とアメリカの覇権の後退という世界史的な変化の反映をそこに見ることができる。アメリカには次第に頼れなくなっていくから、中国とは事を構えるより、友好的な関係を保ったほうがいい、という判断が広がる可能性があるということだ。

30代 中国経済が停滞から脱するには、規制の緩和をはじめとした市場原理の優先が必須のはずなのに、習近平政権は逆に統制を強めている。

年金 かつて国家が資本を統制した「重商主義」の時代に世界が回帰しつつあると習政権は認識し、それに適応する政策をどこよりも早く進めようとしていると思われる。

 伊藤貫という評論家は、世界は「新重商主義」の時代に向かっていると指摘する。「重商主義」は資本主義が商業資本主義の段階にあった16~18世紀のヨーロッパで絶対王政国家が採った経済政策だ。国家が軍事力を使って植民地の獲得や貿易航路の開拓を進め、植民地貿易、遠隔地貿易をあと押しした。

 それが形を変えて現在に回帰してきたと見ることができる。背景には先端科学技術の開発競争がある。AI、IоT、半導体、バイオテクノロジー、新素材、航空宇宙、ロボティクスといった先端科学技術は開発に膨大な費用がかかる。これまで「新自由主義」の名のもとに国家の介入を避けたがっていた資本は一転して、開発費用の負担を国家に求めるようになった。出番が減っていた国家はここぞとばかり開発のあと押しに乗り出した。

 かつての「重商主義」の時代も、資本に対する国家の支援、介入が大きなウェートを占めた。利潤の源泉だった植民地貿易、遠隔地貿易を支えた航海術の開発や航路の開拓は現在の先端科学技術の開発に相当する。当時の欧州の主要国は航路開拓のための探検航海に資金を提供したり、航海学校を設立したり、天文学者や地理学者を支援したりして、航海術の発展をあと押しした。

 国家による市場への介入、市場の統制は独裁中国のいわば「得意技」だ。当面の経済停滞は国民に犠牲を強いることでしのぎ、先端科学技術の開発に投資を集中していけば、やがて新たな一大産業インフラを世界に先駆けて築くことができる。それは新たな段階の資本主義の発展の土台になるだろう。商業資本主義時代に開発された航海術や遠洋航路が、次の段階の産業資本主義の発展の基礎になったように。そのときこそ中国はアメリカを凌駕して覇権を手にすることができる。長期的にものごとをとらえる習慣がある中国の指導者が、そうした未来像を描いている可能性は否定できない。