ニュース日記 995 愛国者たち

30代フリーター Ⅹの保守的、右派的なアカウントの自己紹介でよく見るひと言は「日本が好き」だ。戦前・戦中の日本でも、ここまで「愛国心」をむき出しにする日本人はそういなかったのではないか。「好き」とか「愛している」という言葉を軽々と口にするのははしたないと当時は考えられていたはずだからだ。

年金生活者 愛とは愛されたいと望むことだというサルトルの考えに従えば、愛国者たちは日本に愛されたいと願っていることになる。そんな願いが膨らむのは、自分は日本に愛されていないという飢餓感があるからだ。それは日本への憎しみを生む。フロイトにならって言えば、愛と憎しみは表裏一体であり、日本への愛と憎しみもまた同様だ。

30代 彼らはなぜ日本を憎むようになったんだ。

年金 「格差」がその答えのひとつだ。かつて等しく貧しかった大多数の国民は、高度経済成長の時代を経て貧困から脱した。だが、脱し方の度合い、豊かさの度合いには差がある。それによって格差が際立つようになった。パイは大きくなったはずなのに、自分の分け前が少ないのはなぜだ、と不満を募らせる人びとが当然ながら出現し、その中から国を憎む人たちも出始めた。

 国家を、統治機構を指す「ステート」と、文化的・民族的な共同体を指す「ネーション」に分ける考え方をとれば、愛国者たちが憎むのはステートのほうだ。富の再分配を担うのはステートであり、それが不公平な分配をしているという不満が憎しみを生む。

 ステートは富豪や高級官僚などエリートに乗っ取られている。そのせいであなた方は不遇な目に遭い、あなた方の愛する偉大なネーションが損なわれている。そう訴える政治リーダーに感化されたのが愛国者たちということができる。トランプに代表されるそんなリーダーの声を聞いて、彼らはステートへの憎しみをバネにネーションへの愛を募らせる。

30代 そうした愛国者たちの出現の背景には何があるんだ。

年金 前にも引用したマルクスの次のような指摘がそれを知る手がかりになる。

《政治的国家が真に成熟をとげたところでは、人間は、ただたんに思想や意識においてばかりでなく、現実において、生活において、天上と地上との二重の生活を営む。天上の生活とは政治的共同体における生活であって、そのなかで人間は自分を共同的存在と考えている。地上の生活とは市民社会における生活であって、そのなかでは人間は私人として活動し、他の人間を手段とみなし、自分自身をも手段にまでおとしめ、疎遠な諸力の遊び道具となっている。》(「ユダヤ人問題によせて」城塚登訳)

 市民社会にあって「私人として」孤立し、「疎遠な諸力の遊び道具となっている」人間の姿を、資本に翻弄される当時の工場労働者に見ることができる。そうした「地上の生活」、市民社会での生活の過酷さを幻想の中で克服するのが「天上の生活」、国家での生活だ。そこでは、市民社会で孤立していた労働者も「自分を共同的存在と考え」ることができる。彼らはその「幻想」によって過酷な労働と低賃金に耐え、産業資本主義の発展を支えた。それが高度経済成長をもたらし、労働者階級を貧困から脱出させた。

 他方で、等しく貧しかった労働者がそうでなくなったことで、格差が広がり出した。それを縮小するため、国家は再分配機能を強化した。だが、「地上の生活」の格差の拡大に追いつくことはできない。幻想の中で「孤立」を克服することができた「天上の生活」は、「格差」を同じようには克服することができない。自分たちは不公平に扱われていると不満を募らせた人びとは、それに代わる新たな「天上の生活」、言い換えれば新たな「幻想」を求めるようになった。

 それをひと言でいうなら、国家による「愛」だ。大きな「愛」によって自分たちを正当に処遇してほしい。自分たちに敬意を払ってほしい。それを妨げるものがあれば、壊してほしい。愛とは愛されたいと望むことだというサルトルの考えは、愛されたいと望むことは愛することでもあると言い換えることができる。国家に愛を求めることは国家を愛することでもある。こうして愛国者たちの一群が生まれた。

30代 愛国者たちは、個人の自由より国家への忠誠を重んじ、平等よりも分をわきまえることを強調し、助け合いよりも自己責任を求める。

年金 「愛」はもともと不自由で、不平等で、特定の相手だけを助けるものだからだ。愛されたいと望むことは相手に心も体も抱きしめられたいと願うことだ。つまり拘束されたいという願望だ。愛はほったらかされることを嫌う。つまり「自由」を嫌う。

 愛はその対象を限定する。相手を厳格に選別し、それ以外は排除しようとする。人を「平等」に扱うことは、だれも愛さないこと、だれからも愛されないことに等しい。

 愛は愛する相手だけを助けようとする。みなが互いに助け合う「友愛」は「愛」の1字が入っていても愛とはみなされない。愛国者たちは、近代国家の基本理念となったフランス革命のスローガン「自由・平等・友愛」をことごとく否定する。