ニュース日記 989 憲法9条の「見えない抑止力」
30代フリーター 村山富市が亡くなった。彼は自社さ政権の首相として、自らが委員長を務めた日本社会党の長年の党是を覆し、自衛隊を合憲と宣言する一方、その罪滅ぼしをするかのように、侵略と植民地支配を詫びる戦後50年の「村山談話」を出した。
年金生活者 村山による「自衛隊合憲」の宣言は、それまで国会の議席の3分の1相当を占めていた「自衛隊違憲」の主張の大部分を消滅させたに等しい。「自衛隊合憲」の主張との、この力関係の激変は、憲法のもつ国家権力を縛る力を削ぎ、解釈改憲の幅を広げる道を開いた。それがイラクへの自衛隊派遣、集団的自衛権行使の一部容認、さらに敵基地攻撃能力の保有などに行き着く要因となったと考えることできる。
一方、「村山談話」は、小泉純一郎の「戦後60年談話」、安倍晋三の「戦後70年談話」、石破茂の「戦後80年所感」に引き継がれ、日本外交の方向を規定する基点となった。それは「自衛隊合憲」宣言によって削がれた、国家を縛る憲法の力を多少とも取り戻す作用をし、中国との関係を悪化させない歯止めの役割も果たしたと言える。
30代 安倍晋三は内心いやいやながら「村山談話」を引き継いだ。謝罪はこれで打ち止めにすると宣言したことにその悔しさがにじんでいる。それだけ「村山談話」には後の政権を縛る力があったことの証左でもある。
年金 しかし、中国の軍拡にブレーキをかける力はなかった。村山の「自衛隊合憲」宣言に端を発する解釈改憲の進展は、中国に軍縮を働きかける有力な根拠を消滅させた。逆に北京政権を警戒させ、軍拡を加速する要因になったと推定することができる。
30代 自民党の少数与党化と野党の多党化で永田町は視界不良に陥っているが、「憲法改正」の声だけは合いの手のように繰り返し聞こえてくる。連立をめぐる政党間の交渉でも、9条の護持など論外と言わんばかりの調子で憲法が語られた。
年金 そこに目を奪われて、この条項が持つ「目に見えない抑止力」の強さを過小評価してはいけない。
日本国憲法とはまったく関係なさそうに見えるイスラエルとハマスの停戦の過程にもそうした「抑止力」を見ることができる。おびただしい犠牲の末に成立した停戦は、軍事的な力に支えられていると同時に、非軍事の「見えない抑止力」によっても支えられている。それがこの2年間の戦闘からくみ取るべき教訓だ。
ハマスによるイスラエル領内への奇襲攻撃、イスラエルによるガザへの報復攻撃、丸腰の住民を無差別に攻撃するジェノサイドへのエスカレート、ハマスの軍事的弱体化およびイスラエルの国際的孤立、アメリカによる和平の仲介、と推移した一連の経過を振り返ると、軍事的な破壊力と抑止力とともに、非軍事的な抑止力が働いていたことがわかる。軍事的に無力なガザの住民が被った犠牲は国際社会を怒らせ、イスラエルへの圧力となって、停戦へ向かわせる要因のひとつになった。
流血と破壊の中でも働いたこの目に見えない非軍事の抑止力は本質的には、わが憲法9条の持つ抑止力と同じものだ。戦争の放棄、戦力の不保持をうたうこの条項を、私は無防備な赤ん坊にたとえて理解してきた。赤ん坊を目にすれば、攻撃的な人間でも「この子を守ってやりたい」と思う。それは「無力の力」「無防備の威力」「不可視の抑止力」ということができる。
30代 ガザで大勢の子供たちが命を落とした事実は、「無防備の無力」を感じさせる。
年金 たしかに、無力な赤ん坊に対しても危害を加える者はまれにいる。イスラエルのように。それを阻むのが親であり、保護者であり、周りの大人たちだ。自衛隊と日米同盟はそれにたとえることができる。それらは9条の理想とは矛盾する。それを切り抜けるために、日本政府が編み出したのが「専守防衛」という概念だ。「先制攻撃」によってとてつもない代償を支払わされた日中戦争、太平洋戦争の経験がそこに反映されているのを見ることができる。
ハマスもまたこの「先制攻撃」の代償を強いられることになった。ガザの軍事組織を壊されただけではない。ハマスを支援していたイランの革命防衛隊やレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラ、イエメンの反政府勢力フーシなどで形成する反米・反イスラエルのネットワーク「抵抗の枢軸」がイスラエルによる攻撃で弱体化した。ハマスは孤立を深め、軍事力が無効化する事態に直面した。
それと並行して高まったのが、ガザ住民が流血と破壊と飢餓であがなった「無防備の威力」だ。親イスラエルの西側諸国が相次いでパレスチナ国家の承認に踏み切り、ネタニヤフ政権に圧力をかけた。「平和の構築者」を自任し、ノーベル平和賞を狙うトランプは、そうした潮目の変化を奇貨として和平案をイスラエルにのませた。
30代 ハマスは和平条件にある武装解除を渋っているようだ。
年金 ハマスは進んで武装解除に応じるべきだ。それを代償に、和平案で拒否されているガザの戦後統治に加わることを要求するべきだ。非道な占領を続けるイスラエルに勝手なことをさせないために。
