ニュース日記 988 ナショナリズムのゆくえ
30代フリーター 公明党が連立政権を離脱した。代表の斉藤鉄夫は企業・団体献金の規制強化に自民党が応じないことを理由にあげた。
年金生活者 最大の理由は自民党の右旋回にある。「政治とカネ」の問題はその一部をなす。裏金事件にかかわった議員は党内右派の安倍派に多く、高市は彼らを守るために、けじめをつけることを避けている。
斉藤は総裁選の直後、高市に「政治とカネ」「歴史認識と靖国参拝」「外国人との共生」の3点の懸念を伝えたと報じられている(10月11日朝日新聞朝刊)。このうち「歴史認識と靖国参拝」と「外国人との共生」については高市も公明と考え方をある程度共有できる。彼女がその継承者を自任する安倍晋三は「戦後70年談話」で「反省とお詫び」を表明したし、靖国参拝も首相在任中は1度しかしていない。外国人労働者の導入やインバウンドの受け入れを推進したことを「外国人との共生」に含めることもできなくはない。そうした安倍の実績を強調すれば、公明との折り合いは可能だ。
しかし、裏金事件は別だ。その徹底解明は自らの党内基盤をなす右派勢力を追いつめることになるし、公明の求める企業・団体献金の制限は自民党の土台を崩すに等しい。高市に飲めるわけがない。それを承知で公明はこの要求を四半世紀連れ添った相手への三行半として突きつけた。
30代 世界にナショナリズムが広がり、日本でも新興政党の参政党が躍進した。その勢いに押されて自民党をはじめとした既成政党が右傾斜していく中で、公明党は「熟年離婚」と引き換えに中道路線を守る選択をしたということか。
年金 そうだ。それはこの党が宗教政党であることに由来する。宗教は世俗を超越するところがなければ成り立たない。
だが、公明党の連立離脱で、自民党の弱体化が加速されるとしても、ナショナリズムの流れは執拗に続くだろう。
JNNの世論調査では、高市新総裁に「期待する」が66%にのぼり、その理由で最も多かったのが「政策に期待できる」の25%だった。そして取り組んで欲しい政策で最も多かったのが「物価高対策」で、続いて「景気対策」、次に「外国人に関する政策」だった。高市の「物価高対策」「景気対策」は「積極財政」によるポピュリズムだし、彼女が取り組む「外国人に関する政策」はおのずと反グローバリズムの色彩を帯びる。
30代 この流れはいつまで続くんだ。
年金 数十年は止まらないだろう。しかし、終わりは来る。ナショナリズムを「集権」の一形態と考えれば、そのあとの反動として「分権」は避けられないからだ。
デヴィッド・グレーバーとデヴィッド・ウェングロウは『万物の黎明』で、古代には季節によって「集権的」になったり、「分権的」になったりする共同体が存在していたことを遺跡から推定している。このことから推知できるのは、「集権」と「分権」の交替は人類の呼吸作用のように続いてきたということだ。呼吸作用は、自然と一体だった人類が自然から分離したとき、言い換えれば言葉を持ったときから始まった。それは、母胎の宇宙と一体だった胎児がその宇宙から離れてこの世界に生まれ落ちたときから肺呼吸を始めるのと相似形をなしている。
人は自然あるいは宇宙からの分離によって「欠如」を抱えた存在になる。この分離は自然あるいは宇宙そのものだった存在がそうでなくなるということ、つまり「すべて」ではなくなるということだ。その意味で、個体になるということは「欠如」を抱えることにほかならない。
空間的には埋められないその「欠如」を個体は時間によって埋めようと呼吸を繰り返す。呼気は分散に、吸気は集中に相当する。共同体はそれをなぞり、「分権」と「集権」を繰り返す。個体の集合は個体をモデルに自らを形成するからだ。
個体は成長するにつれて呼吸の周期が長くなる。それと同じように共同体も規模が大きくなるにつれ、呼吸の周期が長くなる。季節ごとに交替していた「集権」と「分権」は数年ごと、数十年ごとへと延びていったと推定される。
現在の国家に見られるそうした呼吸作用は、ウォーラーステインの指摘する覇権国家の交替と同期(シンクロナイゼーション)している。ウォーラーステインによれば、近代以降の覇権国家はオランダ、イギリス、アメリカの順に推移した。
柄谷行人は『帝国の構造』で、このウォーラーステインの考えをもとに、覇権国家が存在する時代と不在の時代が60年ずつ続くサイクルが繰り返され、覇権国家が存在するとき世界は「自由主義的」になり、不在のときは「帝国主義的」になると述べている。それにしたがえば、世界が「自由主義的」になるとき国家は「分権的」に、「帝国主義的」になるとき「集権的」になると考えることができる。アメリカが覇権国家でなくなった現在の世界は「帝国主義的」な段階にあり、柄谷の想定にしたがえば、それは今世紀半ばまで続く勘定になる。つまり、ナショナリズムが世界のトレンドである時代はあと四半世紀くらい続く。言い換えれば、それは必ず終わりが来る。