座付きの雑記 20 表敬訪問

「8歳が贈る音楽×落語チャリティーライブ」がいよいよ10月13日に行われる。正月明けに保護者から話を聞いたときには、独演会なんてすごいこと考えるものだと思ったが、さほど驚きはなかった。企画した小学校3年生、あーとの実績や本人の志向からすれば、突拍子もないことではなく、思いついたからには試してみたくてたまらなくなったってところだろう。

 どうせやるなら、と本人の希望で県民会館中ホールを会場にした。大きな会場にお客さんがパラパラでは不憫だとする親の心配もどこふく風で、お客さんは少なくてもかまわないと言い放った。ふたを開けてみたら前売り券は完売で、ぼくたち実行委員は、当日券はどこで入場を断ったらいいか、お客さんのクレームにどう対応しようか、などと当日の成り行きに気をもんでいる始末だ。あーとにここまでの見通しがあったとは思えないが、自分がしたいんだからする、という徹底したアーティスト魂が結局は場をそれにふさわしいものにしていくのだろう。

 昨日は、市役所にあーとや実行委員数名で市長に表敬訪問に行った。私は4年ぶりぐらいに着た現役時代のスーツとカッターシャツのチョーク攻撃に脂汗がにじむのをどうしようもなかった。ずっと前にこの日が来ることは分かっていたのだ。でも、たった一日のために新調する気にどうしてもなれず、30分の辛抱だと自分に言い聞かせた。主役はあーとで、私はただの同行者、はち切れそうなシャツとスーツに身を包んだじいさんなどだれも目にとめまい。

 ダイエットももちろん意識した。しかし、定年後の暮らしに合わせて増加した体重が、少々食事や間食を減らしたところで屁の突っ張りにもならず、早々にそんなことに気を遣うこと自体がばかばかしくなってしまった。

「先生、スーツ姿、決まってますよ」

「ははは」

 笑おうと思うが、肺呼吸が通常通りできない。

「私、初めてなんですが、先生、表敬訪問されたことありますか?」

 あるわけがない。それはテレビの向こうの話で、我が身に降りかかるなど思ってもみなかった。

 件の表敬訪問は、半袖ポロシャツで軽快に話題を繰り出す市長とまったく緊張とは無縁のあーとのやりとりがごく自然に和気あいあいと進み、予定時間を大幅にオーバーしても二人とも終始ご機嫌だった。

 ボタンを飛ばさずに済んで安堵しているじいさんとえらいちがいである。